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高校の家庭科の授業に公的年金・社会保険教育を取り入れてみて
web.02
(2008.5)
近畿大学附属東広島高等学校・中学校 田中 由美子先生

1.はじめに

この分野を授業に取り入れてみようと考えた原点は約20年も前にさかのぼる。初めて給与明細を手にした私は、それを見て驚いた。そこに並んでいる数字がどのように計算されたものなのか、○○保険料を納めると何のためになるのか、全くわからなかった。

友人数名にも尋ねてみたが、しくみがわかっている人は皆無だった。一番身近な経済であるはずの給与明細のしくみをなぜ大多数の人が知らないのだろう……答えは、すぐにみつかった。「あぁ、学校で教えてもらってないからだ……」

ある日、主婦数人で失業手当の話になった。私の全く知らない話題だった。どんな制度なのか尋ねたが、受給する当人も自分がどうすればもらえるかという内容だけを理解していて、全体的なしくみは把握していなかった。

その他にも、「厚生年金、共済年金って何?」「毎月保険料を給与から引かれて何につながるの?」とさまざまな疑問が日常の中にあふれていた。「私には、社会人の常識がない」……打ちひしがれると同時に、何を学べばよいのかがわかった。そして「こんなことを教えてくれる場があるといいだろうな」とも思った。

2.教える場所、時期

公的年金・社会保険について学ぶには、社会保険労務士の資格取得のための学習が最適だった。資格を取得し、事務所で実務を経験した。ここで決定的なことに気付いた。「事務所に出向いて来られるのは、給付を受けられると知っている人だけ」ということである。

納付は給与から天引きなのに、給付に関しては申請主義がとられている。せっかく、毎月保険料を納めていても、いざというとき給付を受けられることを知らなければ申請できない。「事務所で待っていても教えてあげられる人は非常に少ない。社会に出る前の高校生に教えなければいけない」と痛感し、教師に戻った。

3.就職希望者の多い高校にて

6年前、ほとんどの生徒が就職希望という高校の、2年生の家庭科の授業で公的年金・社会保険について教えてみた。

この分野を授業で扱うのは初めてであったので、自分の中では「大切な内容」と思っていても、高校生は全く興味を示さないのではないだろうかとの危惧を抱きながらのスタートだった。ところが、生徒たちは、他の分野以上に熱心に聴いていた。労災保険や雇用保険の内容について説明をしていると、質問がいくつも挙がった。

アルバイトをしている生徒も多く、また、家族にパートタイムの仕事をしている人もおり、身近なこととして具体的な内容を知りたがっていた。年金についても、授業後の感想に「今のうちに聴いといてよかった」というものや、「家族が、年金は納めてももらえなくなるから損だ。と言っていたけど、今日習ったことを僕が家族にきちんと教えて、納めるようさせたい」というものもあった。

この学校での生徒の反応が、「やはり高校生にこの分野を教えておくべきだ」という確信になった。

4.進学希望者の多い高校にて

昨年まで勤務していた高校で5年間公的年金・社会保険の授業を教えた。事前に授業でこの分野をどの程度学びたいかのアンケートを毎年とっていたが、3年目以降生徒の意識が一気に高まった。これは、マスコミ等、社会全体の意識の高まりを反映しているように思える。しかし、最初から「おもしろそう」とは思ってくれない。

年金・社会保険の授業の日、PowerPointを使用するため、パソコンとプロジェクターをかついで、教室に入る。すると、生徒が近づいてきて「先生、今日は何の授業ですか?」と、にこやかに尋ねる。「年金についての授業よ。」と答えると、一瞬にして笑顔が曇り、「あぁ、難しそうですね……」と言いながら離れていく。毎年、どのクラスでも例外なく、こういうやりとりからスタートする。そんな生徒たちに、こちらを向かせるための「導入」をしなければならない。

「まず質問です。みんなが働き始めて、仕事に行くために、一人暮らしのアパートを出たところ、冬、雪が凍っていました。そこで滑って転び、骨折してしまいました。病院へ行って窓口で、まず、何をしますか?」すると、ほとんどの生徒が、「保険証を出します。」と答える。

そこで、仕事中と通勤途中でのケガ・病気は、労災保険という保険が適用され、健康保険は使わないので保険証は提示しないことを伝える。そして、健康保険は治療費の3割を自己負担するが、労災であれば治療費の自己負担がないことなどを説明する。

また、給与明細を示し、みんなが受け取る給与からは、厚生年金・健康保険・雇用保険料が差し引かれていて、万が一のとき、いろいろな給付がされるけれど、それらは申請主義といって、自分で請求しなければ給付されないことなども伝える。

「……というわけで、社会保険や年金制度は知っておいた方がいいことがたくさんあるので、この2時間、勉強しましょう」とことばを掛ける。そのころには、退屈そうな顔がほとんど消える。そして、国民年金、健康保険、雇用保険とワークシートを用いながら説明する。

そして最後に、これらの給付につながる給与計算の方法を具体的に示して、自分で計算できるように練習する。「新聞・雑誌によく出てくる『標準報酬月額』なんていう難しい言葉も、実は、保険料計算を簡便化するためのものですよ」と伝えると、「なーんだ」とうなずきながら聞いている。

こうして、授業前、「難しそう」「自分のこととしてピンとこない」「知っておいた方がいいんだろうけど興味がもてない」と言っていた生徒たちの意識が、たった2時間で変わる。

年度末のアンケートでは、「習って役に立った・おもしろかった授業は?」という項目に、約9割の生徒が、調理実習と並んで、この分野を挙げた。また、「全国の高校でこのような内容を学んだ方がよいと思うか?」という項目にも、約9割の生徒が「そう思う」と答えた。

高校生たちは、就職希望、進学希望に関らずとても熱心に聴き、関心を示していた。彼らは、近い将来自分に関ることとして捉え、必要性も興味も感じているのだと思う。

5.経済的自己管理の必要性

公的年金・社会保険の学習の最後に「給与計算」を組み込むのには、理由がある。それは、自分が受け取った給与明細書とじっくり対峙できる人は、振り込み支給額欄だけしか理解できずポイと捨ててしまう人と違って、給与を財産と捉え、管理・活用することに積極的になれると思うからである。

財産をどう管理・活用するかがその人の人生を大きく変えることもある。財産を管理できず、多重債務等に陥り困窮している人が少なくないことは周知の通りである。

6.より実生活に生かす教材

授業後アンケートで9割の生徒が「良かった」と答えているものの、毎年1割前後の生徒が「大切だとは思うが難しかった」「ピンとこなかった」と答えていた。これを少数意見とするのではなく、汲み取り、より実生活に生かせる知識であると実感させ、財産管理は大切であると実感させたいと考えた。

そこで「ひとり暮らしの衣・食・住・家計をデザインしよう」という教材に取り組ませてみた。限られた収入の中で実際に、インテリア、食事、ファッションを雑誌から切り抜いて貼ったり、描いたりしてプランを立てさせた。

快適ひとり暮らし

7.おわりに

公的年金・社会保険は、急速な少子高齢化が進むと同時に、保険料滞納者の増加により、逼迫している。この滞納者増加の原因は、国民の「制度がわからない不安感」にあるように思えてならない。学校教育でこの分野の教育を周知徹底させ、保険料を納めることの意義やメリットを教えないかぎり、この悪循環は続くのではないだろうか。

一番基礎となる保険制度の趣旨、いざというときの給付の種類と届出の方法などを教えることで、「わからない不安感」から抜け出し、「自己責任」の発想が生まれる。

自分の経済に関する事柄を、自己責任で管理できるという自信を持っていれば、「年金なんて、もらえなくなりそうで払い損だから払わないほうがいい」などという噂話を鵜呑みにして、後先のことを考えず保険料を滞納したり、悪質商法に惑わされたり、多重債務に陥ったりする人も減ってくるのではないだろうか。

この分野は、頻繁に法律が改正される。「だから、取り上げてもあまり意味がない」という人もいる。しかし、私はそうは思わない。どんどん変わっていくたびに、対応マニュアルや偏った取り上げ方をされがちだからこそ、一番基本的な趣旨やしくみを正しく理解しておくことが大切だと思う。

それに、基本がわかれば、今まで、「難しそう……」と敬遠して避けていた新聞・雑誌・テレビのこれらのコーナーを見聞きするようになる。そうすれば、自ら学び、新しい知識を得ることもでき、さらに、現在の制度の不合理・不公平な点に意見を持ち、よりよい制度を構築することにも繋がってゆくのではないだろうか。

学校教育は、受験のための知識を与えるだけでなく、卒業後、実生活で役立つ知識や、将来、自ら学ぼうとするきっかけ作りの知識を授けることも大切だと考える。

また、学校教育は、各家庭での教育力格差を生じやすい分野での知識を与え、底上げを図る役割も担っているのであるから、「大人になればわかる」「親が教えてくれる家庭もある」「職場の事務の人がやってくれる」という不確実なものに期待するのではなく、確実な知識を本人に身に付けさせたい。他力本願でなく、自立できる能力の基礎を養いたい。

現在、この分野の教育は、個々の学校や教師の判断で、社会保険事務所や、司法書士会からの派遣講師を招いての講習程度にとどまっていると聞く。そのため、残念なことに全国の高校生が同じレベルの内容を学べる状況にはない。

全国で、一律に学べるようにするためには、学習指導要領に載せ、教科書に具体的で実用的な内容の記載をし、全国の教員を対象にした研修を行うことが必要だと思う。

今年もまた、百万人前後の高校3年生が、きちんと教えてもらえないまま、社会に送り出されてしまう。
1年でも早く、高校生に年金・社会保険、金融に関する内容を、全国一律にきちんと教えるシステムができることを期待している。

8.参考資料

指導計画
単元「家庭の経済生活、消費者教育」(全7時間)

(1) 一生の生活に掛かる費用,ライフプラン作成 ・・・・・・・2時間
(2) 年金,社会保険,給与計算 ・・・・・・・2時間(本時,2時間授業)
(3) クレジット,多重債務、悪質商法(ビデオ視聴) ・・・・・・・1時間
(4) 消費者金融,悪質商法,クーリングオフ、消費者契約法 ・・・・・・・2時間

本時の目標
・年金・社会保険のしくみや種類を理解し,万が一の場合の給付内容をしる。
・給与計算のしくみを理解し,実際に計算ができるようになる。
・労働者の権利と義務を認識する。

学習過程
学習活動 教師の支援 準備物
事前 (1) 年金・社会保険に関するスクラップをする。
・わからないこと,知りたいこと,自分の意見を確認する。
新聞,テレビで見聞きしていても,近い将来,自分に関係してくることとして捉えられていない事柄に関心を持たせる。 課題用プリント
導入 (2) 「会社に向かう路上で転んでケガをして病院へ行った。受付であなたは何をするか」を考える。(プリントNo.1 実際に起こりそうな事例を挙げ,適用法律や治療費の負担額が違うことを説明し,社会保険・年金については知らないと不利益を被ることもあるので学んでおこうという動機づけをする。  
展開 (3) スクラップ課題で多かった質問内容をしる。(プリントNo.2 ・スクラップ課題で多かった質問内容の解説をする。 授業用プリント
  (4) 国民年金について理解する。
・種類(老齢,障害,遺族基礎年金)
・加入者の分類(第1号,2号,3号)
・学生納付特例について
プリントNo.3
・年金は老人にだけ関係するものではなく,若くても障害年金に関係する場合もあること,保険料をきちんと納付もしくは猶予の手続きをしないと無年金者になる可能性もあることをしらせる。 パソコン プロジェクター(説明に使用)
  (5) 厚生年金について理解する。
・種類(老齢,障害,遺族厚生年金)
プリントNo.4
・厚生年金に加入できる条件(職業,労働時間等)を説明する。  
  (6) 健康保険について理解する。
・給付の種類(保険証交付,出産育児一時金, 出産手当金,傷病手当金,高額療養費)(プリントNo.4
・健康保険で給付されるケガ・病気の範囲,種類を説明する。  
  (7) 雇用保険について理解する。
・給付の種類(失業(基本)手当,教育訓練給付,育児休業・介護休業給付)
プリントNo.5
・失業(基本)手当の趣旨をきちんと理解させる。  
  (8) 労災保険について理解する。
・給付の種類(療養・休業・障害・遺族給付)(プリントNo.5
・仕事中,通勤途中の事故は健康保険ではなく,労災保険が適用されること,パート・アルバイトも適用されること,労働者は保険料負担がないことなどをしらせる。  
  (9) 産前,産後休業について理解する。
・労働基準法での扱い
・給付の種類(産前・産後休業,育児休業中の給付内容)
プリントNo.6
・休業できる期間をしらせる。
・出産,育児に携わる期間の給付内容をしらせる。
 
  (10) 公的年金・社会保険に加入すると、どんな給付が受けられるか。 (プリントNo.7 ・ここまでで,習ったことが理解できたか確認させる。  
  (11) 給与計算の方法を理解する。
・各保険料の算出のしかた
・実際に給与計算をする
プリントNo.8,No.9,No.10
・給与明細票の見方を理解させる。
・事例で実際に計算させ,手取り収入を求めさせる。
 
まとめ (12) 事業主が自分にいくら投資しているかを知り,労働者の権利と義務について考える。(プリントNo.10 ・保険料を納めている労働者は,様々な給付を受ける権利がある。が他方,事業主に多額の投資をしてもらっていることも知り,しっかり勤める義務もあることを考えさせる。  

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