文字サイズ変更
  • フォントサイズ大
  • フォントサイズ中
  • フォントサイズ小
生命保険文化センタートップページ>学校教育活動>教育の現場から>教育の現場からINDEX>web.03
中学校版「キッズ・ベンチャー」 −売れる物づくり−
荒井一成 web.03
(2008.6)
大阪教育大学 教育学部 教員養成課程 技術教育講座 准教授 荒井一成先生

1.はじめに

ものづくり(製造業)にたずさわっていない人にとって、売れる物を作ろうという観点で、物をつくる機会はあまりない。ところが、売れる物を作ろうという観点で、物をつくることは、ものづくり本来の姿に直結している。

自分が作りたい物をつくることから始まる、物との対話。指先を巧みに使いたがる幼児の時代には、積み木や粘土、砂遊びなどで、興味を満たしていく。少年は、剣が欲しくて木を削った。パチンコを作った。凧を作った。少女は、人形の服を作ったり、人形を作ったり、お手玉を作ったりした。

買う金がないから自分で作るのではなく、自分で作った物であそびが広がるのが楽しくて、作った。これが遊び物づくり。遊びは能動的で、チャレンジ精神いっぱいである。

住空間を過ごしやすくするために、物をつくる。ホームセンターに行けば、さほど技がなくてもできるように、アイディア商品や便利な工具が売られている。自分で作った物で生活空間が豊かになるのが嬉しくて、作る。これが趣味物づくり。その住空間を利用する人全員のためになり、コミュニケーションの始まりにもなる。

では、売れる物を作るというのは、どういうことだろうか? そのなかには、予期せぬ経費がたんとかかってくる。買ってくれた人が様々な場所で、様々な目的で、喜んで、長く使ってくれるように、構造や形、仕上げまでをしっかり吟味していかなければならない。

けっこう面倒である。自分で作った物なら壊れたら自分で直せるから適当に作れる。売り物はそうはいかない。店はどうしよう? 宣伝は? 何個買ってもらえるんだろう? そう気づいた時、生産と消費の関係を学ぶことになる。

今年2008年の第1四半期。市場規模の大きい携帯端末(コミュニケーション・ディバイス)の市場で、またもやフィンランドのNokiaが他社を引き離すシェア約40%を獲得した。技術立国の日本。最先端技術を有しても日本の携帯電話の世界シェアは各社1%程度に留まっている。つまりこの種の売り物は、技術力が高いだけでは、売れないということを示す。

2007年11月、フィンランドを視察した。学習到達度世界一の国であるフィンランドだが、その成果をあげたひとつには、Entre-preneurship(起業家活動)教育がある。

新しく事業を起こす精神を育成するこの教育を、フィンランドでは、地域ぐるみで行っている。国語も数学も体育も技術科も家庭科も、幼稚園も小・中学校も高校も大学も、家庭でも町全体でも、一緒になって行っている。教師も親も企業も共に学んでいる。

また他文化理解の力とコミュニケーション力をつけるための他国語を、学校の授業だけでなく、一般TVチャンネルのドラマ、バラエティ等(フィンランド語字幕)を通して日常的に学んでいる。

この教育は、単に商品を作って儲けようというものではない。子ども達が社会の一員であると感じ、参加し、責任を持った事業をすること。よって、ミュージカルや映画等の興行もある。また地元企業や会社と協力しあうことで、企業や会社が、学校にもなる。学習到達度世界一の国は、学校の枠の中だけで生れたものではない。

商品製作として中心となるのは、もちろんものづくりである。そしてコミュニケーション力を基盤にし、ニーズをしっかり受け止め、信頼性のあるものづくり&ビジネスを、小学生のうちから体験する。人は、家庭、地域、国、地球の中で生きていることを知る。

「教育の現場から」の2007年度第2回で、關教授(大阪教育大学)が紹介した「キッズ・ベンチャー」(小学校対象)は、2007年度より柏原市内の中学校も舞台として展開された。

この中学校版「キッズ・ベンチャー」(選択科目)は、売り物を誕生させる難しさを、中学生と大学生双方で体験するプログラムだ。

大学生は“問屋”を起業し、中学生が組織する会社に材料や半完成品を卸す。中学生は、商品を開発・販売する会社を起業し、小・中交流会で、地域住民や小学生に売る。お互いの会社は対等で、より良い物をより安く販売できるように、加工精度や値段等の駆け引きが行われる。2007年度の成果は以下のとおりである。

2.中学生のアントレプレナーシップ

配属された20人の中学3年生は、5人ずつ4会社に別れた。会社名は、The.黄金(金工:鋳造、金属折り紙)、森の丘(木工)、ストロベリSTONE(金工アクセサリー)、さおりん(さおり織)、であった。

実施期間内における中学生のアントレプレナーシップとして、顕著であったのは、社長会議の実施である。
中学生各店舗の社長は、社長といえども、一授業の中での役割分担である。教員が立てたプランや中学校の教育システムに、自分たちの意見を言うには、横のつながりを持って交渉力を増す必要を感じとった結果の実行であろう。

中学生20人の総意という形で本キッズ・ベンチャーに影響力をもたらすギルドになった。この成果は、利益の使い道交渉を校長先生に行う際に、ユニセフへの寄付と花壇の贈呈と同時に、1人500円の図書カード獲得を実現したことだろう。

なんども各会社での相談、および社長会議を繰返し、練り直し、校長先生との交渉に臨んだ中学生たちの、チャレンジ精神は、大きなものであった。

3.大学生のアントレプレナーシップ

学生が経営する問屋会社には、儲けの制限はない。儲かったお金は自分達のものになる。もちろん、赤字になることもある。だれも会社再生の援助はしない。

中学生の会社に気に入ってもらえる材料や設備の提供において、慎重に判断しなければならない。与えられた日程の中で、迅速に納品しなければならないことから、多くの緊張感と工夫をもって運営していた。

実際に木工店舗担当の学生会社は、中学生の発注品の読み違いで、買い出しを二重に行うことになり、赤字を計上した。他会社も、結果的に儲けは数百円程度であった。いずれの会社も人件費は計上しなかった。

前期から本キッズ・ベンチャーに参加していた3名の学生は、教員が立てたプランの無理な計画や疑問点を数多く見つけ出し、その改革に取組んだ。

まずは、情報の共有化に対する改革である。中学生の旺盛な反応に対応するために各学生は、1時間あっという間のキッズ・ベンチャー授業をこなしていた。その中には、生徒の要望に即答で応える必要があるものもあり、そういった情報が一部の学生のみしか知らない場合、翌週の準備の時までにキッズ・ベンチャー授業としての歩調を整えにくいものもあった。

そこで、彼らが要望したのは、学生全員で情報を共有する仕組み『キッズ・ベンチャーニュース』である。Eメールによるこの配信は、情報が私のもとに集められ、学生全員に届けられた。

次に、彼らは「それぞれの試行錯誤の機会を増やし、チャレンジ-失敗-再チャレンジの活動を促進するために、ニーズ調査を2回、販売を2回行う」という教員が立てたプランに対し、時間的、教育的に無理であるという判断をした。

中学生のホットな心情を読み取り、販売後の4回を「活動の振り返りプレゼンテーション(準備)」と「校長先生への利益の使い道交渉」にすべきだという、改革案を提出した。学生間での話し合いの後、この提案を実行に移した。

結果は、最終日のプレゼンテーションで、中学生のたいへんな盛り上がりをみることになった。学生は問屋という会社と教師としての両面で、中学生と向き合う大きな体験をした。

4.中学校の先生方の大きな役割

校長先生には、芸術指導、銀行の支店長、利益の使い道相談、副校長先生には、物品貸し出し屋社長、授業担当の先生方には、活動全般の指導ならびに相談、木・金工室の設備使用の指導ならびに相談を賜った。

とくに、校長室を銀行とした校長先生の銀行支店長としての影響力は大きく、生徒が資金借入れをする際の適度な緊張感をつくってくださった。また、社長会議のメンバーがじっくり意見を練り合わせた上で望んだ、利益の使い道相談の際には、学校長としての立場から、社会とのつながりをしっかり示してくださった。

これら先生方の真剣で親密な御協力が、生徒、あるいは、学生のチャレンジ精神に火をつけたと言っても過言ではないだろう。

校長先生からは、「私たち教員は人間関係を大切にしています。キッズ・ベンチャーを通した、年齢の近い学生さんたちとの触れ合いで(参加中学生は)大人と自分たちのつながりが勉強できたと思います。また、利益の使い道を考えることで、利益は自分たちだけの力だけで生み出されたのではなく、社会の中で活動する、多くの人たちとのつながりから生み出されていることを感じとってくれたと思います。」と、お言葉をいただいた。

5.ボランティア『くるくる』さんの大きな役割

地域ボランティア団体『くるくる』さんにも、準備から全体のまとめまで御協力くださり、また生徒の自主的な活動を応援してくださった。

学生たちは、楽しく真剣に取組んでられる『くるくる』さんに、負けまいと感じていた。さおり織素材の豊富さ、さまざまな製品とコラボできる応用性、生徒と生み出したブランド表示等、すでに社会に接点をもっている地域ボランティア団体の編み出す企画指導は、今後、地域連携学校教育に携わるであろう学生たちの大きな知識と刺激になったであろう。

6.中学生があげた成果

本キッズ・ベンチャーの最終日、中学生たちは、その成果のプレゼンテーションを行った。なお、各会社の利益と使い道は以下のとおりである。

利 益
The.黄金(金工:鋳造、金属折り紙) 2,300 円
森の丘(木工) 2,100 円
ストロベリSTONE(金工アクセサリー) 10,500 円
さおりん(さおり織) 9,910 円
使い道
ユニセフへの寄付 10,000 円
図書券 500 円×19 枚  9,500 円
花壇お花代 5,310 円
   

7.学生の考察

本キッズ・ベンチャー終了後に、以下の6つの観点における学生それぞれの考察を求めた。
(1) キッズ・ベンチャーにおける自分の役割について
(2) 子どもたちとの関わりについて
(3) 気づいた子どもたちの変化について
(4) 自分自身の変化について
(5) 自分のアントレプレナーシップについて
(6) キッズ・ベンチャーを通して中学生が成長できたかどうかを判断する評価方法

 これらは、『大阪教育大学現代GP「地域連携学校教育のできる教員養成ー地域に愛着を持ち地域に根ざした子どもを育成できる教員養成プロジェクトー」平成19年度 報告書』に収録された。

また、学生と中学生が取組んだ300日を映像で追った『キッズ・ベンチャーで育つ中学生と大学生たち』は、DVD(企画:大阪教育大学、制作: 放送映画製作所)に収録された。(連絡先:大阪教育大学国際交流・研究協力課社会連携係、〒582-8582 大阪府柏原市旭ケ丘4-698-1、e-mail:renkei@bur.osaka-kyoiku.ac.jp

8.おわりに

学生と中学生が、チャレンジ精神とコミュニケーション力を基盤にし、ニーズを考え、“売れる物づくり”をめざした。もちろん、たった1回きりでは、ヒット商品につながるような物はつくれなかった。が、それでもゼロの経験より、1(イチ)の経験である。実学は、脳と体にしっかりしみつくからとても有効だ。

ほんとうは、幼稚園から大学まで、家庭ぐるみ、町ぐるみ、企業や会社ぐるみ、国ぐるみで、ものづくりのアントレプレナーシップ教育を実践し、技術立国の日本を、グローバル戦略という垣根のないすべての知恵と経験で、支えられたらよいと思う。

また、2008年度の中学校版キッズ・ベンチャーが始まった。全体の時間や販売日などの制約はあるが、できるだけ、チャレンジできる環境、チームワーク力、コミュニケーション力、評価力、判断力、リーダーシップ力などが育つ環境を提供していきたい。

本年度のテーマは“地球環境を守る”である。どんな“売れる物”ができるか、どんなチャレンジをしてくるか、実に楽しみである。

教育の現場からINDEXへ戻る