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法教育や金融経済教育はキャリア教育である(前編)
−裁判員制度に関する映像資料を活用した法教育の試み−
  web.07
(2008.10)
東京都立富士森高等学校 篠田 健一郎 先生

1.はじめに

現在進められている学習指導要領高等学校公民科「現代社会」や「政治・経済」の改訂作業では、法教育や金融経済教育について、現行学習指導要領に比べて一段と踏み込んだ取扱いとなることが予想される。公民科はその教科の特徴からも時代の変化に即して指導内容や指導方法の改善に努めなければならないし、実際に改善されてきた。

これからも、この流れは生き続けるだろう。当然、法教育や金融経済教育はいっそう重視されるようになるに違いない。

「現代社会」において、法教育について取り組む根拠は新学習指導要領を先取りする形で考えている。

本稿では、法教育について、裁判員制度に関する映像資料を見て考える授業を、全日制普通科中堅の公立高校で実際どのように展開したかを報告したい。

2.高等学校第1学年公民科「現代社会」での実践事例

(1)授業の概要

現任校では第1学年に必修科目として「現代社会」が置かれ、第3学年に選択科目として「政治・経済」が2講座開講されている。第3学年「政治・経済」のひとつは大学受験科目に「政治・経済」を選ぶ生徒向けの講座、もうひとつは大学受験科目としては「政治・経済」はとらないが、大学で社会科学系の勉強をしたいと考えている生徒向けの講座である。

前者は、教科書と資料集、問題集を利用して受験で通用する力を生徒に徹底的につけさせる講座で、知識を習得させ記述論述答案作成の練習を重ねていく授業である。後者は知識を習得させるための時間は全体の三分の一から二分の一程度、残りの時間は、いわゆる主体的な学びを中心に進めている。

全国の高等学校では「政治・経済」よりも「現代社会」を履修させる数が多いことを考慮し、本稿では現任校第1学年必修科目として置かれている「現代社会」における実践事例を報告する。

「現代社会」は2単位だが、授業ができる単位時間は50時間余というのが現実である。その内、三分の一から二分の一程度は知識の習得に主眼を置いた授業であり、残りの時間を「生徒による主体的な学び」に主眼を置いた授業、すなわち映像資料を見たり、ワークショップに取り組んだり、シミュレーション・ソフトを体験したりして、感想を書いたり、意見を述べたり、討論をしたり、作品を創ったり、状況を説明したり、報告を書いたりする授業にあてている。

(2)裁判員制度に関する映像資料を活用した法教育の試み

日本の政治のしくみについて学習するにあたり、たんなる制度論に終わらせないために、また、今日の法教育の流れに鑑み、「裁判員制度」について最高裁判所が企画制作したドラマを見て考える授業を実施した。

■鑑賞した作品
『裁判員−選ばれ、そして見えてきたもの』(企画・制作/最高裁判所、監督/梶間俊一)

■指導のねらい
(1)裁判員制度のしくみや意義を理解させる。
(2)主権者として司法制度に関わることの意義を理解させる。

■指導事例
    指導項目 指導内容 指導上の留意点



●裁判員制度の概要 ○裁判員制度が平成21年度から始まることを伝える。
○ワークシートの内容を概説する。
○映像資料を見る意義を確認する。
○ワークシートの記入と提出を確認する。


●映像資料提示 ○ワークシートを記入させながら鑑賞させる。 ○映像資料提示終了後ワークシートを一旦回収し、理解の程度を確認する。




●ワークシート完成 ○ワークシートの解答例を紹介しながら、映像資料の要所を解説する。 ○前時回収のワークシートを返却する。


●問題提起と意見交換 ○問題提起となる意見や感想を発表させる。
○発表された内容をもとに意見交換をさせる。
○司法制度改革について理解させる。
○前時回収後に確認したワークシートの中から主な意見感想を選んでおく。
○意見交換の進行を務める。

■評価の観点
(1)映像資料を真剣に見てワークシートを完成させながら裁判員制度について考えようとしたか。[関心・意欲・態度]
(2)裁判員制度を含む司法制度改革を理解したか。[知識・理解]
(3)ワークシートを完成できたか。[知識・理解、思考・判断、技能・表現]
(4)意見や感想を発表できたか、意見交換ができたか。[思考・判断、技能・表現]
(5)裁判員に選ばれた場合、国民の権利として、また義務として、積極的に裁判員としての役割を果たすことの意義を理解したか。[知識・理解、思考・判断]

■ワークシート『裁判員制度を考える』

1 はじめに
今日は『裁判員−選ばれ、そして見えてきたもの』を見ます。
この作品は、劇映画仕立てにはなっていますが、裁判員制度 広報用としてつくられたので、制度のしくみや裁判の進め方なども丁寧になぞっています。
よく見て、このワークシートを完成させながら、裁判員制度について理解を深め、裁判員 となった人々が何を思い、何を果たそうとしたのか考えてください。

2 事件の概要−現住建造物等放火事件
今日ここで映画をよく見ろといっても裁判傍聴の経験がない多くの皆さんには戸惑う ことも多いはずです。そこで、あらかじめ事件の概要について説明しておきます。
事件は、深夜、建設会社の従業員宿舎が放火により火事に見舞われた、という設定です。
放火したのは、その建設会社に雇われていた出稼ぎ労働者・矢部次郎(47歳)。
ライター で火をつけ、従業員宿舎の部屋に放火し、そのまま逃走したものの、後から思い直して自首→実際に人が住んでいる建物に火をつけたという事件、すなわち現住造物等放火事件の被告となったという設定です。

その刑事裁判に裁判員として関わることになる6人の生活を重ね合わせながら物語は進みます。一見、裁判員制度そのものと関係ないような展開も、実は、裁判員制度を導入することで司法制度を改革しなければならないという法曹界の意識とつながっています。映画をつくった人たちの思いを汲み取ってください。

3 課題:次の〔1〕〜〔9〕に答えましょう。

(ア)裁判員には誰がどのように選ばれるのでしょうか。
次の文章を読み、空所〔1〕〜〔2〕に入れるのに最も適当な語句を語句欄から選び、例にならって、解答欄に記入しましょう。なお、以下同じ番号には同じ語句が入ります。

映画『裁判員』の中で、東日本空調システムに勤める営業マン村瀬智昭が裁判所から何回かの通知をもらい、裁判所に出向き裁判員に選ばれるまでを思い出してください。
まず、20歳以上の国民を〔例〕からくじで無作為に抽出して〔1〕を1年ごと、裁判所ごとにつくります。次に、その中から無作為に〔2〕が選ばれ、さらに、事件ごとに裁判所による選任手続きを経て裁判員が正式に選ばれます。

語句欄 : 選挙人名簿   裁判員候補者名簿   裁判員候補者
解答欄 〔例〕: 選挙人名簿
     〔1〕:____________
     〔2〕:____________
回答はこちら


(イ)裁判員になれない人、辞退できる人はどんな人でしょうか。
映画『裁判員』の中で、裁判所に集まった〔2〕に向けて裁判所の職員が説明し、主婦の佐々木郁恵が確認していたことや元会社役員の小林勇作が裁判長から言われていたこと を思い出してください。次の(1)〜(4)のうちから、裁判員になれない場合もしくは辞退できる場合には□にレ印を記入しましょう

解答欄
□(1)身内が当該事件の関係者である場合
□(2)自分が法律関係の仕事に就いている場合
□(3)当該事件が凄惨な事件で気分が乗らない場合
□(4)自分の年齢が70を超えている場合 回答はこちら


(ウ)裁判員を務める場合、身分保障や経済的保障はあるのでしょうか。
映画『裁判員』の中で、営業マン村瀬智昭が家族から教えられた内容や裁判所職員の説明などを思い出してください。次の(1)、(2)の内容が正しければ□にレ印を記入しましょう。

□(1)裁判員として裁判に参加するために仕事を休むことは法律で認められている。
□(2)裁判員はボランティアなので交通費や日当はなく、無報酬である。
回答はこちら


(エ)裁判員制度が導入された裁判ではどんな事件を扱うのでしょうか。
次の文章を読み、空所〔3〕〜〔8〕に入れるのに最も適当な語句を語句欄から選び、解答欄に記入しましょう。

裁判員制度の対象となる事件は刑事事件のうちで重大な事件に限られます。裁判員の安全を守るために暴力集団が関わる事件は除外されます。映画『裁判員』の中で扱われた事件は〔3〕事件でした。

裁判員が加わる裁判では、事件ごとに職業裁判官と裁判員から構成される合議体が形成されます。映画『裁判員』では職業裁判官〔4〕人と裁判員〔5〕人による合議体が構成 され、事件についての印象や感想などを述べあいながら、事実を確認し、どれだけの量刑がふさわしいか話し合っていきました。

この話し合いを〔6〕といい、話し合いの途中で、 お互いの意見や判断を聞きながら、自分も判断を下したり、意見を述べたりします。しかも、この〔6〕は「乗り降り自由」と言われるように、話し合いの途中で自分の意見をかえることも自由にできます。

映画『裁判員』では裁判長は結論を急がず、裁判官や裁判員が自由に意見を述べながら、最終的に全員が合意する〔7〕をめざしました。実際には、〔7〕において意見が割れて多数決になることも予想されます。その場合の多数決は少なくとも裁判員と裁判官がそれぞれ1名以上賛成していることが条件になります。

ところで、裁判員が参加する裁判では、裁判員の負担を考えて公判期日を短く集中させることになっています。第1回公判日以前に、裁判官も検察側も被告弁護側も合意して、争点を整理し、証拠を示し、審理の計画をたてます。裁判員が参加する公判審理、〔6〕、〔7〕、判決宣告までは連日開廷し、長くても数日で終了することになっています。

映画『裁判員』ではこの期間は〔8〕日という設定でした。被告人は起訴事実を認め、検察側は〔3〕による実刑を主張し、被告弁護側は情状酌量による執行猶予のついた寛大な判断を求めていました。

語句欄 : 強盗殺人   現住建造物等放火   評議   評決
       1   2   3   6   9
解答欄
〔3〕:____________   〔6〕:____________
〔4〕:____________   〔7〕:____________
〔5〕:____________   〔8〕:____________
回答はこちら


(オ)裁判員は何を根拠にどのような判断を下したのでしょうか。
映画『裁判員』では被告にどれだけの量刑を課すべきかで裁判員の判断は揺れ動きます。それでも最終的に実刑にしたのは、どういう理由からでしたか。営業マン村瀬が美容師の大沼恵美に語った言葉やNPO団体職員の青井拓也が自らの交通事故体験を基に語った内容などを思い出して、裁判員が被告を実刑とした理由を説明しましょう。
解答欄
___________________________________________________________________________________________________________________________________________________ 回答はこちら


(カ)裁判員を務める上での決まりごとについて確認しましょう。
次の文章を読み、空所〔9〕〜〔10〕に入れるのに最も適当な語句を語句欄から選び、解答欄に記入しましょう。
また、下線部について後に示す法廷の略図の空所〔11〕〜〔15〕に入れるのに最も適当な語句を語句欄から選び、解答欄に記入しましょう。

映画『裁判員』では裁判員に決まった人々が、裁判員として誠実に取り組むことを裁判長の前で誓っていました。これを〔9〕といいます。
また、裁判員として知り得た秘密を他人に漏らすことは法律で禁じられています。
これを〔10〕義務といいます。映画『裁判員』では、1日目の審理が終わって帰宅した村瀬を囲んだ夕食の席で、家族が裁判の様子を尋ねる場面がありました。「誰が何を言ったかということは明らかにできないが、法廷の様子や自分が裁判員としてどう思ったかなどは話して良いのだ」などと家族に話していました。

語句欄:検察官   裁判員   裁判長   守秘   宣誓   被告人   傍聴席
解答欄
〔9〕:_____________   〔13〕:____________
〔10〕:____________   〔14〕:____________
〔11〕:____________   〔15〕:____________
〔12〕:____________
回答はこちら


(キ)刑事裁判における大切な決まりを確認しておきましょう。
映画『裁判員』では法廷での検察側と被告弁護側とのやりとりや裁判長が裁判員に説明する形で示されていました。次の文章を読み、空所〔16〕〜〔18〕に入れるのに最も適当な語句を語句欄から選び、解答欄に記入しましょう。

何が犯罪であり、それにどのような刑罰が科せられるかは、国会が制定する法律で定められているという原則があります。これを〔16〕といいます。検察官は被告がどういうことをしたのかを述べ、それが何という法律のどういう行為にあたるかを指摘して、どれだけの刑罰がふさわしいかを示します。

映画『裁判員』では、検察官は、被告が放火をしたという事実から刑法のどういう罪に当たるかを説明し、求刑では懲役〔17〕年にあたるとしました。被告弁護側は放火という事実については争わず、被告人の置かれた状況を訴え情状を酌量した寛大な判決を求めました。

裁判員は裁判官とともに検察官の主張が正しいかどうか証拠に基づいて検討していきます。証拠に基づいて起訴事実を確認します。たんに「疑わしい」だけでは被告人は有罪にはなりません。確かな証拠に基づいて判断しなければなりません。映画『裁判員』でも裁判長は裁判員に「疑わしきは〔18〕の有利に」という刑事裁判の重要な原則を説明していましたね。

語句欄 : 1  3  5  検察官  罪刑法定主義  推定無罪  被告人
解答欄
〔16〕:____________
〔17〕:____________
〔18〕:____________
回答はこちら


(ク)映画『裁判員』を見た感想を自由に述べてください。
___________________________________________________________________________________________________________________________________________________
氏名:__________ 所属:  年  組  番 日付:  年  月  日

■生徒の感想や意見の実際
ワークシートの感想については正解があろうはずはなく、感想の内容は問題ではない。どんなことでも自分の言葉で書くことが大切だと考えている。とはいえ、ここに紹介するに足りるだけの感想は少ない。それでも、次のような感想があったので紹介する。概して本校生徒は裁判員制度に否定的であった。

批判的な感想としては、
「私はとても裁判員はできない。」
「裁判員制度は怖い。ふつーの人がふつーの人をふつーに裁けるの?私が裁判員になっても死刑なんて言えません。」
「司法制度改革か何だか知らないが、ぼくらの常識から裁判官の常識が外れていると裁判官が分かっているなら、裁判官がぼくらの常識を取り入れればよいのだ。だって裁判官ってエライんだろ。それをしないでおいて、法律についてのわかんないふつうの人を巻き込む方が、常識外れじゃないの。」
「裁判する人たちって国民の税金を使って試験したり養成されたりしているんですよね。でも、裁判員制度はその専門家だけでは正しい判断できないから始まるんですよね。ということは、中途半端な専門家しか養成していないということですよね。これって変じゃないかな。」
「私が仮に悪いことして捕まって裁判所に連れていかれてもプロの裁判官に考えてもらいたいです。そこらへんでうろうろしているおじさんやおばさんに自分の人生が決められちゃうなんて、絶対イヤです。」
「裁判員制度って聞こえはいいけど、しょせん実社会のことなんてぜんぜんわかってないお役所の考えだ。だって、裁判員になる人はみんないい人ってことになってるじゃないか。こんなこのおかしいよ。」

肯定的な感想としては、
「日本社会の一員として私たちが裁判に関われることは大事なことだと思う。たくさんの眼があればもっと正しいというかきちんと考えられた裁判ができそうな気がする。」
「裁判員という仕事をとおして見えてくるものは、自分自身の生きる姿そのものであることがよく分かる。裁判員制度は私たちが国民として成長するための制度なのだ。」
「『12人の怒れる男』を見たことがあります。あれは裁判員の話ではなかったかな…。良く覚えていないけど、男たちの話し合いがすごかった。思いこみやら偏見やら人間のきたないところがぐんぐんえぐり出されてきてヤバかった。捕まった人が有罪から無罪へとかわっていくストーリーだった。こんな感じで救われる話がたくさん出るんじゃないかな。」
「私たちのことを私たち自身も積極的に関わって決めていくことができる。みんながみんなのことを一生懸命考える。まちがうかもしれないけど考える。これっていいですよ。うーん、でも大変だけど。」

■授業の最後に補足したこと
(1)「司法」という言葉についてはやはり生徒には難しい。裁判に関する話の中で「司法」という言葉が頻出する。「司法」とは、国家は裁判によって国民の自由や権利を守り、社会の秩序を保つことをいうのだと補足をした。

(2)生徒の意見や感想から司法制度改革の背景にあるものを補足する必要を感じた。「司法」が民主的でなければ、国民の自由や権利を守ることはできない。ましてや社会の秩序を保つこともできない。

そこで、裁判は、裁判所だけでしかできないこと、裁判に関しては裁判所以外の政治権力から干渉されたり、脅されたり、圧力をかけられたりしないことが大切になる。これを司法権の独立という。「司法」の独立には裁判官の独立を含むとともに、同時に国民の信頼に足る「司法」であることも大切だ。

裁判員制度だけでなくさまざまな司法制度改革が進められる背景には、憲法の番人として「司法」が国民の権利を守り民主主義を守るためにどうすればよいかという法曹界の強い思いがあることを補足した。

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