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法教育や金融経済教育はキャリア教育である(後編)
−シミュレーション・ソフトを活用した金融経済教育の試み−
  web.08
(2008.11)
東京都立富士森高等学校 篠田 健一郎 先生

1.はじめに

「現代社会」において、金融経済教育については、現行学習指導要領の内容(2)「イ 現代の経済社会と経済活動の在り方」において学ばせることになっている。

内容の取扱いでは家庭科との連携や「社会的事象は相互に関連しあっていることに留意し、社会的事象に対する関心をもって多様な角度から考えさせるとともに、できるだけ総合的に捉えることができるようにすること」、「生徒が自己の生き方にかかわって主体的に考えるよう学習指導の展開を工夫すること」とともに「情報の検索や処理の仕方、簡単な社会調査の方法などについて指導する」ことも述べられている。

また、総則「第6款 教育課程の編成・実施に当たって配慮すべき事項」「5 教育課程の実施等に当たって配慮すべき事項」では「(8)各教科・科目等の指導に当たっては、生徒がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段を積極的に活用できるようにするための学習活動の充実に努めるとともに、視聴覚教材や教育機器などの教材・教具の適切な活用を図ること」とされている。

本稿では、金融経済教育について、シミュレーション・ソフトを活用した授業を、全日制普通科中堅の公立高校で実際どのように展開したかを報告したい。

2.高等学校第1学年公民科「現代社会」での実践事例

(1)授業の概要

本稿では現任校第1学年必修科目として置かれている「現代社会」における実践事例を報告する。「現代社会」は2単位だが、授業ができる単位時間は50時間余というのが現実である。

その内、三分の一から二分の一程度は知識の習得に主眼を置いた授業であり、残りの時間を「生徒による主体的な学び」に主眼を置いた授業、すなわち映像資料を見たり、ワークショップに取り組んだり、シミュレーション・ソフトを体験したりして、感想を書いたり、意見を述べたり、討論をしたり、作品を創ったり、状況を説明したり、報告を書いたりする授業にあてている。

(2)シミュレーション・ソフトを活用した金融経済教育の試み

経済のしくみについて学習するにあたり、コンビニエンス・ストア店長経営ソフト『やってみ店長』(『挑戦!コンビニ経営』)や宅配便会社経営ソフト『挑戦!宅配便経営』などを活用し、疑似体験ながらいつもの消費者や被用者としての視点とは全く異なった視点から経済社会を見直す授業を実施した。

コンビニエンス・ストア店長経営ソフト『やってみ店長』(『挑戦!コンビニ経営』)を活用した授業実践報告はすでに公表しているので、ここでは宅配便会社経営ソフト『挑戦!宅配便経営』を活用した授業実践を報告する。

■活用したシミュレーションソフト:『挑戦!宅配便経営』(アントルビーンズ制作)

■指導のねらい
(1)グループで話し合い、資金調達や人材確保、出店の戦略が立てられたか。
(2)その戦略を実現するための有効な作戦を立て、実行できたか。
(3)第1期の反省から新たな経営戦略を立て、第2期は業績の改善をはかれたか。
(4)経営を振り返り経済社会のしくみを理解したか。

■指導事例
  指導項目 指導内容 指導上の留意点

●シミュレーション・ソフトに慣れさせる。 ○1グループ1社の経営とする。
○何回倒産させても良いので、実際にソフトを動かしてみて、どうすればうまく経営ができそうか感覚をつかませる。
○事前に3〜5人でひとつの作業グループをつくらせておく。
○ゲームではないことを意識させる。
○ワークシートを配付する。
●学習手順を確認させる。 ○シミュレーション・ソフトを活用した授業の手順を説明する。


●第1期の経営に挑戦させる。 ○何を目標に経営するのか、その目標達成のためにどうするのかを明らかにさせ、経営に挑戦させる。
○グループ内で十分な討論をさせる。
○手順を確認させ、経営に挑戦させる。
○第1期末に当期を振り返り反省点、改善点などを考える。
○経営がうまくいくことを目指しているのではないことを強調する。
○すべてのグループが第1期を終了するまで先に進まないよう注意する。
●第2期の経営に挑戦させる。 ○前期の欠点、改善点を確認させるとともに今期の目標とその目標達成のためにどうするのかを明らかにさせ、経営に挑戦させる。
○第2期末に当期を振り返り反省点、改善点などを考える。
○利益が出たかどうかなど経営そのものに深入りする必要はない。
○グループ内で十分に話し合えるよう配慮する。


●事業報告をさせる。 ○何を目標に経営するのか、その目標達成のためにどうしたかを、わかりやすく簡単に説明させる。
○発表された内容をもとに他のグループからの質問に答えさせたり、意見を交換をさせる。
○本時のとりくみをレポートにまとめて後日提出させる。
○ワークシートに基づいて発表させる。
○生徒の理解度や達成度に応じて進行を工夫し、授業のまとめとしての発表ができるように配慮する。
■評価の観点
(1) シミュレーション・ソフトを活用した授業であることを理解し、シミュレーション・ソフトを積極的に活用したか。[関心・意欲・態度]
(2) グループでの話し合いや作業に積極的に加わり、自らの役割分担を果たしたか。[関心・意欲・態度]
(3) 第1期では当期の目標やねらい、それらを実現するためにどういう工夫をすべきか、グループ内の意見を引き出し、集約し、実行し、検討し、第2期につなげられたか。[知識・理解、思考・判断、技能・表現]
(4) 第2期では前期の反省を踏まえ、当期の目標やねらい、それらを実現するためにどういう工夫をすべきか、グループ内の意見を引き出し、集約し、実行し、検討できたか。
(5) ワークシートを完成できたか。[知識・理解、思考・判断、技能・表現]
(6) 2期にわたる経営について報告し、他のグループからの質問に答えるとともに意見の交換ができたか。[知識・理解、思考・判断、技能・表現]
(7) 後日提出のレポートの内容は十分か。[知識・理解、思考・判断、技能・表現]

■ワークシート
ワークシート「挑戦!宅配便経営」(    年  月  日)

1 はじめに
このシミュレーション・ソフトはひと月にひとつの項目しか決定できないように設定してあります。さらに、進出できる都道府県は10までです。また、ゲームではないので、あらかじめ用意された正解があることもありませんし、決められた物語があるわけでもありません。この他、実際の経営に近い感覚で宅配便経営を体験できるような仕掛けが随所にあります。会社を何度倒産させても構いませんから、まずは、このソフトに慣れましょう。

2 第1期に挑戦!
(1)まず取り組むことは何ですか。→(                  )
(2)当期の目標は何ですか。→(                     )
(3)当期の目標を達成するため、何をいつまでに実行しますか。
  →(            )を(        )までに実行する。
  →(            )を(        )までに実行する。
(4)当期終了。目標は達成できましたか。( できた  できなかった )
   改善点を述べましょう。→(            )

3 第2期に挑戦!
(1)まず取り組むことは何か。→(                    )
(2)当期の目標は何ですか。→(                     )
(3)当期の目標を達成するため、何をいつまでに実行しますか。
  →(            )を(        )までに実行する。
  →(            )を(        )までに実行する。
(4)当期の目標は達成できましたか。( できた  できなかった )
   改善点を述べましょう。→(                   )

4 シミュレーションをとおして経営にとって大切なことは何だと考えますか。
  経営について気づいたことを書きましょう。

5 他のグループから出された質問の要点とそれに対するあなたのグループの回答の要点を書きましょう。


6 他のグループから出された意見の要点とあなたの考えを書きましょう。

7 このシミュレーションソフトを使った学習に関する意見や感想を書きましょう。

氏名:                       所属:  年  組  番

■生徒の感想や意見の実際
シミュレーション・ソフトを活用した授業は一般に生徒には好評で、ほとんどの生徒が信じられないほど真剣に取り組む傾向がある。ただし、ワークシートに回答が記入できるか、内容のある発表ができるか、満足のいくレポートが書けるか、となると、当然のことながら、ひとりひとりの生徒の力量次第でさまざまである。
ここでは、実際生徒がどのような反応をしたか、代表例をいくつか示したい。

2 第1期に挑戦!
(1)まず取り組むことは何か。
生徒回答例: 資金調達を指摘する回答多数。表現はさまざまで「資金調達」から「お金を集める」、「元手を増やす」など。

(2)当期の目標は何ですか。
生徒回答例: 売り上げ重視と利益重視に分れた。表現はさまざまで「たくさん荷物を扱う」、「規模を広げるより儲けることが第一」「首都圏だけに絞る」「観光地と東京をおさえる」「知名度アップが先」など。

(3)当期の目標を達成するため、何をいつまでに実行しますか。
生徒回答例: 各グループの経営戦略はさまざま。これらの違いが大きいほど後の意見交換が盛り上がる傾向あり。「(優秀な社員の獲得)を(7月)までに」、「(市場調査)を(9月)までに」、「(首都圏、名古屋、大阪の制圧)を(年度末)までに」、「(観光地への進出)を(夏)までに」、「(宣伝)を(秋)までに」、「(売り上げ10億円達成)を(8月のおわり)までに」など。

(4)当期の目標は達成できましたか。改善点を述べましょう。
生徒回答例: 「達成できたかどうかがねらいではない。これを踏まえて改善点を各社話し合って提示できるかが大切だと考える。」改善点もさまざま出された。
「利益を出せるようにして、広告宣伝費にまわせるようにする」、「お金を借りられるだけ借りて、どんどん広げていく」、「必要なお金を計算して、計画的に社員、車両、広告宣伝などにあたる」、「観光地は切捨て、東京から名古屋、大阪、博多までに集中する」、「他社進出地に営業を広げることは避ける」など。

4 シミュレーションをとおして経営にとって大切なことは何だと考えますか。
  経営について気づいたことを書きましょう。
生徒回答例: 「商売は大変だ。」「難しい。」「経営者なんかとてもなれない。」 「起業家なんて無理。」「おもしろい。」「もっとやってみたい。」 「おやじのつらさがわかった。」「自分の思いどおりにならないからストレスがたまった。」「ゲームとちがってめんどい。」「グループ内で話がまとまらないので失敗した。」「××(同一グループ内の生徒名)のせいで倒産した。」「気心の知れたやつとチームくまなきゃ仕事はできない。」「やってみる→結果をみる→考えてもっといい方法を考える→決める→やってみる→…人生ってこんなことの繰り返しなんすかねぇ。」

7 このシミュレーションソフトを使った学習に関する意見や感想を書きましょう。
生徒回答例: 一般に好評で、「おもしろい」「もっとやりたい」「会社経営は難しい」「うまくいかないからもうやりたくない」「リベンジしたいから放課後もう一回やらせて」「社長はイヤだ。社員で気楽に生きたい」「公務員志望の決意かためました」「このソフトどこで買えますか、家でもやりたいです」「こんなお遊びやめてまじめに授業やれ」などさまざま。

3.おわりに

前編では裁判員制度の授業、後編では宅配便経営の授業を紹介した。同じ「現代社会」の授業ではあるが、扱う領域や分野は全く異なる。しかし、生徒の反応を見て共通していることがある。

それは人々が互いに支え合って世の中ができていることに気付いていく過程だということである。さらに、その過程で、生徒自身が自分に何ができるかできないかを知り、できることを伸ばし、やりたいことに取り組むことの大切さを知る契機となっていることである。これはキャリア教育そのものであると考える。

もとより、生き方在り方について考えていくことは公民科の教育目標である。本来、青年期は、たくさんの本を読み、多くの旅をし、人と出会い、語らい、思い、悩むことなどをとおして、自ずと人生を考えていくものである。

これはキャリア教育である。しかし、今日、普通の生活で高校生がこうした青年期の特権ともいえる経験を積むことはほとんどできない。その現実を見たとき、学校教育の中で、あるいは公民科教育の中で、擬似的であれ、そうした経験の一端に触れさせる意義があると思う。法教育や金融経済教育がキャリア教育だと題した所以はそこにある。

さらに、本稿でとりあげた実践報告において、意見を発表させたり、グループ内で話し合わせたりすること、あるいは立場をかえて考えさせることをとおして得られるコミュニケーション能力の涵養も今日の高校生には重要だと感じている。

裁判員制度の授業では裁く側と裁かれる側、加害者と被害者、あるいは宅配便経営の授業では利用者と経営者、自社と他社、といった立場がかわれば、ものの見方や考え方がかわるということを身近に経験させることは大きい。

こうした経験をとおして、高校生として自分たちが何をすべきか、また、何をすることが社会から求められているかがわかれば、高校生の服装や立ち居振る舞いなども当然かわってくるし、生活指導に関する諸問題にも良い影響があらわれる。

シミュレーション・ソフトを使った学習は概して好評である。前任校や本務校での経験からすれば、小学生から大人まで、また海外から視察で訪れた方々にも好評である。生徒の反応は、『挑戦!宅配便経営』を制作したアントルビーンズによる前作のコンビニエンス・ストア店長経営ソフト『やってみ店長』『挑戦!コンビニ経営』の方がよい。宅配便よりコンビニの方が生徒には身近と感じるからのようだ。

また、本稿で指摘したコミュニケーション能力をさらに重視したシミュレーションソフトとしては、同じアントルビーンズの『部長会議』があり、これも優れた教材である。別の機会に報告したい。

筆者はもとよりこのような授業がよい授業とは思ってはいない。学びの目標はきちんと文献が読めることであり、きちんと論文が書けることだと考えている。日本の将来を思うとき国民が真に賢くならねばならないと考えている。

しかし、現実の高校生を目の前にして、どのように学びの動機を与え、学ぶ愉しさや知る喜びを体得させ、叡智の山を登ろうと自ら思って行動してくれるようになるかを考えたとき、ここで示した授業を提案せざるを得なかった。

では、このような授業を展開した中堅校と学力上位校とで、ここで述べた主体的な学びを取り入れた授業はどれくらい違ってくるのだろうか。

学力上位校では授業の成果としての発表や報告の水準が高くなることは間違いない。しかし、ワークショップやシミュレーション・ソフトを利用した授業の有効性がなくなるわけではないと考える。中堅校では紹介できない理論や文献が学力上位校の授業では扱えたり、知識の習得が短時間に大量に行えたりという違いはあろう。実際、その差はきわめて大きい。

しかし、主体的な学びをとおして生徒が「発見」することは少なくない。中堅校で生徒が世の中のしくみについて少しは分かったことは学力上位校でも大差ないと考える。むしろ、学力上位校の生徒が賢ければ賢いほど、主体的な学びの意義が理解できるはずである。

たとえば、競争原理に基づいていると考えられる世の中が、深いところでは持ちつ持たれつの関係で成り立っていることなどに気付くかどうかは賢い生徒でなくては気づけないはずだ。これは学力とは別の能力だと思う。授業の中では、企業が利益を優先するのは当然としてもすぐれて社会的存在であると気づけるか、社会的責任を全うできない企業は経済社会で生き残れないことに気づけるか、ということになる。

このように見てくると、生徒の主体的な学びは生徒自身が自分を社会の中で相対的にとらえることができるようになるしくみであるともいえる。あるいは、生徒自身が自分自身を自分の視点から見るのではなく他人の目で見つめることができるようになるしくみといってもよいだろう。

こうして生徒は自分の能力や特徴を知り、自分の活かせる道を考えていくことになる。これはキャリア教育そのものである。

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