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キャリア教育とSOC(Sense of Coherence:首尾一貫感覚)
  web.04
(2009.7)
兵庫県立加古川南高等学校 原 実男 先生

1. はじめに

 兵庫県立加古川南高等学校は平成13年に普通科から総合学科に移行した1学年の生徒数が240名(6クラス)の学校です。当初よりキャリア教育を重視した学校づくりを推進してきたこともあって平成18年にはキャリア教育文部科学大臣表彰を受賞しました。

本校ではインターンシップや課題研究など様々なキャリア教育を実践していますが、ここでは学校設定科目「キャリアデザイン」を通したキャリア教育の実践やSOC(首尾一貫感覚)との関連について述べたいと思います。

学校設定科目とは学習指導要領にはない科目を学校および生徒の実態に応じて、名称、目標、内容、単位数などを学校独自に設定できる科目のことです。3年前、就職希望者を対象に設定した科目が「キャリアデザイン」です。

当時、私は学年主任という立場から生徒の進路指導により一層の工夫が必要と考えていました。就職指導に関しては、就職試験が9月にあることから、面接指導を急いで行わなければなりませんでした。従来ならばどこの高校でも手間のかかる面接指導を放課後に実施していました。

しかし3年生の放課後は教師、生徒ともに面談や部活動および補習など多忙を極めています。そこで就職者対象の選択科目として一連の指導を授業に組み込むことが得策であると考えました。

2.コンピテンシー力

「キャリアデザイン」を面接練習などの入社試験に合格するためだけのスキルを教えるだけの授業に留めたくありませんでした。そこで授業を貫くコンセプトを「コンピテンシー力の育成」としました。

コンピテンシーとは組織マネージメントの分野で注目されている概念です。堅く言うと「ある職務または状況に対し、基準に照らして効果的、あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性」と定義されます。つまり早い話、デキる人の行動特性のことを指します。

高校の就職指導の大きな課題の一つは3年以内に就職先を辞める生徒が5割以上になるという離職率の高さです。原因は様々でしょうが高校の従来の進路指導の弱点が反映されていると考えられます。

企業に押し込む従来の就職指導を脱して、働くことを通していかに自己実現を達成するかに主眼を置いた授業を目指しました。コンピテンシーとはキャリアアップしていく上での「生きる力」であるといえます。

3.授業の内容

前半、9月までは就職試験対策として自己分析を徹底させました。就職するためには自分を深く知る必要があります。大学生の就活で使われる書き込みシートなどを参考にしながら考えさせました。特に大切な視点は日頃意識されない自分を発見させることでした。

また新聞を読ませるNIE(Newspaper in Education)を実施しました。新聞を読むということはキャリア教育において非常に重要です。単に社会を知るという意味だけでなく新聞を読むことはSOCの構築と密接な関係があります。SOCについては後で述べます。

次に自己表現としての面接練習を徹底的に練習しました。ビデオによる事前学習の後、集団面接や個人面接の練習を繰り返し実施しました。質問を通して、いかに自分の良さを表現するか、面接官の意図を素早くくみ取るかを鍛えました。また圧迫的な質問など難易度を高めて、本番で動じない自信をつけさせました。最終局面には生徒一人一人の面接練習風景をビデオに撮り、後で映像を見ながら生徒に自己分析させました。

10月以降の授業は労働関係法規、傾聴力の育成、コミュニケーション力の育成、問題解決能力の育成など社会に出た後、たとえ3年で転職することになろうともキャリアアップできるスキルやマインドに灯をともす授業を心がけました。例えば傾聴力やコミュニケーション力の大切さに気づかせる授業では以下のような授業を展開しました。

エニアグラムによる性格分類に付いて学ぶ。(エニアグラムとは人間を9つの基本的な性格に分類した性格タイプ論で、心理学やカウンセリング、ビジネス、教育などのさまざまな分野に取り入れられています)
自分自身を診断テストを用いてどのタイプか分類する。
質問する側と答える側に分かれて(なるべく友人でない関係)様式に従った質問事項で自由に会話しながら、質問する側が相手のエニアグラムのタイプを類推する。
自分が相手にどのように類推されたのかグループで話し合う。

この授業は生徒から大変好評でした。友人でない人間に関心を持つ。質問に答える相手の視線や表情を読み取る。傾聴する。答える側は素直に自己開陳する。誠実に答える…など、携帯にどっぷりつかっている高校生にはリアルな体験だったようです。

4.社会に通用するための5つの力

リクルートワークス研究所はキャリアアップするために必要な基礎力を5つにまとめています。

1.対人基礎力 親和力:一緒に働く仲間と信頼関係を築く。  
協働力:目標に向けてチームワークを発揮し仕事を進める。  
統率力:いわゆるリーダーシップ。組織全体を把握する。
2.対自己基礎力 感情制御力:感情に流されない。
自信創出力:ポジティブシンキング。モチベーションを持続させる。
行動持続力:率先して行動し、それを習慣付ける。
3.対課題基礎力 課題発見力:課題に気づき、整理する。  
計画立案力:課題を解決するための計画を立案する。  
実践力:立案した計画を実行する。
4.処理力 言語的処理力:文章の要旨を把握し、その目的を理解する。  
数量的処理力:計算する、グラフ表を読み取る。
5.思考力 論理的思考力:収集した情報を組み合わせ、分析し、構造的に理解する。  
創造的思考力:全くのゼロから思考する。オリジナリティな発想をする。

このようにまとめられた項目を眺めると大切な力であると納得はしますが教師としてどうしても腑に落ちてきません。これらの力を支えるもっと根源的な力があるのではないか、前提とする力があるのではないかという思いがわき上がってきます。

例えば「キャリアアップ」からイメージする人物として勝間和代氏を挙げてみましょう。いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのあるキャリアガールです。氏の生き方や考え方に共感する人は多いし、なるほど各種のスキルアップには示唆に富むものも多い。しかし強い上昇志向やモチベーションを抱いていない高校生を前にする教師としては「なるほど、そうか」とはなりません。様々なビジネス書は高校生を対象に書かれた物ではないから当然といえば当然です。

一方楽天の三木谷社長がビジネスで成功する3つの資質を挙げています。「ナレッジ、スキル、マインド」です。学校教育においてキャリア教育で育成すべき視点として活用できるアイデアです。

結局、問題はその様な能力を育成することをどのように教育活動に落とし込むかということです。つまり大げさに言うと、教育において次の勝間和代氏や三木谷浩史氏を生み育てる手法はあるのかと言うことです。当然これはどんな教育書やビジネス書にも載っていません。

5.キャリア教育とSOC(首尾一貫感覚)

 学年主任として学年スタート時に保護者・生徒に教育目標を3つ掲げました。
 ・生きる力、人間力
 ・独りよがりでない個性
 ・自己教育力
どれも抽象性の高い言葉で広い意味を持っています。

最初の「生きる力」を文部科学省は、
 ・確かな学力   ・豊かな人間性   ・健康な体、体力
と定義しています。以前からいわれている「知、徳、体」を言い換えたものです。

次の「独りよがりでない個性」とは、価値が共有され、物事に対する共感が内包された個性という意味です。一人一人の個性を重視する総合学科ではありますが、他者と協調し、切磋琢磨し合う社会性を大切にしたいと思っています。

そして「自己教育力」です。変化の時代にあって学校で学ぶ知識だけでは生きていけません。単なる情報は瞬く間に陳腐になりますが、学び方を身につけていれば生涯自分を高めていくことが出来ます。確たるコア(核)を持ちながら変化し続けていくことが「生きる力」だと思います。

この「生きる力」、および「人間力」を医療社会学の観点からアプローチする考え方が今注目されています。それがSOC(Sense of Coherence首尾一貫感覚)といわれるものです。

ユダヤ人で医療社会学者アントノフスキーにより提唱された概念で、精神的にも身体的にも大きな苦痛を強いられる劣悪な環境下(具体的にはアウシュビッツなどナチスの強制収容所体験)の人々を調査したところ、精神的な健康度を保つことのできた人々に共通する精神構造が存在しました。それが首尾一貫感覚なのです。

この首尾一貫感覚は主に3つの要素から構成されています。

1つめは『有意味感』といいます。どんなに辛いことに対しても意味を見いだせる感覚(意味を見いだす力)です。ここで大切なのは客観的に意味があるかどうかとは関係ありません。自分なりに意味を見いだせるかどうか、主観的に確信できるかということです。以下の感覚も同様です。

私の体験を踏まえたたとえで分かりやすく説明しましょう。
ある生徒Aが文化祭でクラスのまとめ役になってしまった。彼はそれが嫌で仕方がない。「今日はみんなで放課後作業があるので居残ってほしい」といっても誰も残らない。生徒Aも投げやりになる。そこでクラス担任が教師という役回りを使って「全員居残り作業だ。わかったか」と命令し、放課後作業をさせる対処方法を取ることはできます。そのとき担任はクラスの運営(文化祭のクラスの出しのもが破綻しないこと)だけに関心が向いています。

そうではなくて担任は次のようなアドバイスをすることもできます。「縁もゆかりもないクラスのメンバーを放課後に居残りさせて作業をしてもらうのは至難の業である。しかしこういう人をまとめる力は将来必要だし、君の自信につながるよ。今日だって協力しようとした女子生徒が数名いたよ」と生徒Aにアドバイスやコーチングをします。

生徒Aはどうにかこうにか文化祭をまとめきりました。(たとえクラスの出来が散々なレベルであろうとも)生徒Aは「どんなに苦しいことがあっても自分を成長させる意味があったのだ」と確信します。有意味感は究極のポジティブ思考と言い換えることもできます。

2つめは『把握可能感』といいます。人が内的環境および外的環境からの刺激に直面したとき、その刺激をどの程度認知的に理解できるものとして捉えているかということです。

把握可能感の高い人は、将来出会うことになる刺激が予測できるものと考えています。少なくとも、たとえそれらが突然にあらわれたとしても、秩序だった説明がつくものと考えています。世界は混沌として無秩序で偶発的で説明のつかないものではなく、一貫性のある構造化された物。ゆえにどんなことも自分の行動と結果が関連しているという感覚(先を見通す力)といえます。

例えば私は生物を高校生に教えています。実験を通じて生命はすべて細胞からできていることを確認させます。遺伝現象は遺伝子で説明できることをメンデルの法則で教えます。自然科学を学ぶ意味は「世界は構造化され秩序や法則が存在する」ことに確信を持たせることかも知れません。

その様な意味で社会の様々な現象を1日分パッケージ化された新聞を読む習慣は世界と自分の立ち位置を確認する優れた教材といえるでしょう。

3つめは『処理可能感』といいます。処理可能感とは「人に降り注ぐ刺激に見合う十分な資源を自分が自由に使えると感じていること」と定義される感覚です。自分がよかれと思う行動を最後まで成し遂げられるという感覚(何とかなると考える力)ともいえます。

このように変化の時代を生きていく上でこの世界と自分は首尾一貫した構成をしており、生きるに値する確信を得たとき生き抜くことができる、成長することができるのではないでしょうか。

最近の様々な心理学的な研究で、この首尾一貫感覚という感覚の強さと心身のストレス反応の間に非常に強い関連があることが分かってきました。また精神・保健衛生の分野だけでなく、首尾一貫感覚の強い人は人生におけるバイタリティーや創造性、リーダーシップなどに優れ、強い関連が指摘されています。

端的に言えば首尾一貫感覚の強い人は自分の人生を個性的に生ききることができる人だといえます。つまり「生きる力」を持った人と言い換えることが出来ます。これはキャリア教育を就業やビジネスの分野を超えて自己実現というより大きな目標を達成させる教育と考える上での基礎・前提と考えることが妥当であることを示唆します。

首尾一貫感覚は幼少期からの生育環境に大きく左右されると言われていますが、成人以降も日常の心理的トレーニングで成長させることができると考えられています。

心理的トレーニングには学校教育のあらゆる活動を含みます。総合学科では多様な授業や行事、部活動など様々な取り組みがあります。日々の学校生活の中では成功も失敗もあります。それを乗り越えていくことで成長を実感し、過去の労苦に意味を与えていきます。

そして教師や友人の力を借りながら直面する課題に取り組みます。「頑張れば何とかなる」(処理可能感)という自信を深め、自己肯定感を高めます。そして「未来のために今頑張ることに意味がある(把握可能感)」と思えるたくましい人間を育てる事が大切です。

6.新しいキャリア教育を目指して

高校の教育課題は山積しておりリキュラムは既に満杯です。これは発想の転換をしなければ解決できない問題です。教え込む教育からの転換です。

18歳で卒業した後も自ら学び、キャリアアップしていく人間を育てなければなりません。SOCという視点で個々の教育活動を(たとえそれが清掃時のちょっとした生徒とのふれあいや気軽な会話においても)再認識するとき前述の5つ基礎力を高めるキャリア教育はより有効に作用するでしょう。

私たちは個々の教育活動に新しい視点を付加し、意味づけることによって最小のエネルギーで最大の効果を得ることができると思います。

※参考文献
健康の謎を解く―ストレス対処と健康保持のメカニズム
アーロン アントノフスキー著 (有信堂)
キャリアデザイン入門(1)(2) (日経文庫)

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