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「考える力をスモールステップで身につけよう」
  web.07
(2009.10【2】)
神奈川県立三浦臨海高等学校 金子 幹夫 先生

1. はじめに

本稿は、高等学校における公民科の授業実践案である。授業の目的は「考える力を身につける」という一点に特化している。しかも、クラスのメンバーが一人残らず全員参加し、一人ひとりの思考力の育成に有効な手段の一つではないかという問題提起も含んでいることを冒頭に挙げておきたい。

また、多くの諸先輩方から「欲張りすぎだ」との忠告をいただきそうな感じはするが、本授業案においては「キャリア教育」と「道徳教育」も視野に入れた構想になっている。

通常の実践報告ならば、このあとに学校の概要であるとか授業計画案などの提示があり、本論に移っていく形式をとることが多いが、本稿ではそのような慣例にはよらない方法で実際の教室の雰囲気伝えるところからはじめていきたいと考える。

どのような授業を実践したのかを具体的にお伝えすることにより様々なご意見や批判をいただくことにつながり、さらなる授業改良が可能になると考えたからである。

2.教室より

(ア)導入編

使用した教材チャイムの前に教室に入る。授業を円滑に進める最大のコツの一つである。何気ない日常会話のうちに定刻を知らせる音が鳴る。あらかじめ一人一冊に冊子化した資料を配付する。その際に「名前を書いてはいけません」と繰り返し言う。これは何回も言わないと生徒はプリントに氏名を記入してしまう。

本授業では「匿名性を保つ」ということが授業の趣旨を活かす重要なポイントになる。よってその冊子を見ることによって個人が特定されてはまずいのである。

「えっ、名前を書かないんですか?」と皆が疑問に思うその瞬間をねらい定めて「冊子の右上にある四つの四角に暗証番号を四桁で記入してください。その際には、キャッシュカードに使う番号や、0000、9999といった単純な番号は書かないで、この時間だけに通用する数字を書くようにしてください。」と指示する。何回か同じことを説明して、この授業中における生徒の匿名性を維持する。

(イ)一番目の指示

つぎに、この授業の中心課題について説明する。あらかじめ留意していただきたい点であるが、この授業の実践は、扱う内容を変えるだけでどのような場面でも展開することができるということを挙げておきたい。
「考える力」を育む一つの方法論としてとらえていただきたいということである。

前の時間に次の2つの対立する考え方にまでたどり着いたところである。
(1) 将来の地球のことを考えて、工場はお金を「生産」と「環境維持」に分けて使うべきだと思う。
(2) 工場は利益を上げないとつぶれてしまう。環境も大事だけれど、今の生活の維持も大事だ。だから「生産」に集中するべきだと思う。
今日は、そのどちらの考え方をどのような理由で支持するのかという「考える時間」にあてるということを生徒に伝えることで一番目の指示につながっていく。

教師の側からの第一番目の指示は、前出した「(1)と(2)の二つの対立する考え方のうち、あなたはどちらの意見を支持しますか?まず冊子に(1)か(2)の番号を書いてください。」というものである。

多くの生徒は、直感で(1)か(2)を選ぶ。これから理由を書かせるわけだが、ここ数年の傾向を見ると生徒自身を取り巻く生活環境に影響されているといった問題意識を私は持っている。

次に「(1)か(2)を選びましたね。それではその理由を三つ考えて冊子に記入してみましょう。」と指示する。

ここで重要なことは第一に、時間を十分にとるということである。指導略案にはこの後いろいろな作業が待っているが、時間配分を均等にしているわけではない。今の作業は、一番最初のもとになる考え方なので、少し贅沢に時間をとりたいと思う。

第二に重要なことは、全員が終わるまで次のステップに進めないので、早く終わる生徒と悩み抜いている生徒を把握して適切な支援を行うということである。

ゆっくりと考えることが趣旨である以上、「はやくしよう」とは言えない。しかしその一方で作業が終わり何もすることがなくなってしまう生徒が出てしまうのも事実である。この「すき間時間」の活用が教師の腕の見せ所である。

(ウ)二番目の指示

「皆さん書き終わりましたら、冊子を閉じて表紙を上にしてください。その際、暗証番号が書かれているかどうかを再度確認してください。」と言い、全員の表紙が見えたところで後ろから回収してもらう。教卓に全員分の冊子が集まることになる。

冊子を生徒がひいているところ次に、この冊子をトランプのようにして扇形に広げて一人ひとりにひいてもらう。持つのは教員で、ひくのは生徒である。もしも自分の冊子をひいてしまったらシャッフルしてもう一度ひいてもらう。それぞれの机の上には自分以外の人の冊子がそれぞれ配られたことになる。

そこで二番目の指示の登場である。
「皆さんの前にある冊子をあけてみましょう。誰のものかわかりませんが、その人は(1)か(2)のどちらかを選びその理由を三つ書いてあるはずです。
その意見を読んで、これはいい意見だと思う点を三つあげてみましょう。たとえ自分の意見とは違っていても関係なくその人が書いた意見を肯定してください。」という指示である。

一斉に質問が出るので、質問事項をまとめて再度指示をする。一番多い質問は「自分の意見とは違ってもその判断のいいところを書くのですね。」という確認を含んだ質問である。答えは「その通りです」となる。

質問が整理されたところで追加の情報をもう一つ。「上に書いてある三つの理由とは違うものを書いてください。」と言う。その瞬間、教師は生徒諸君からの「一斉の攻撃的なエネルギー」を受け止めることになる。

そこでこの授業の目的を思い出して欲しいのだ。私は「今日の授業は考える練習をすることが目的です」とストレートに表現してしまった。このあたりの駆け引きは日常の生徒との関係によってバラエティーに富んだ会話が繰り広げられることと思う。

一通りの質疑応答が終了したところで思考の時間となる。ここもじっくりと時間をとりたいところである。ルールは前回と同様で(1)考えて書く (2)書き終わったら冊子を閉じて表紙を上にして机の上に置く (3)もしも作業の進度に差が出たら理由は二つでも可とするなどの留意点が必要である。

書き終わったら、全員分の冊子を回収後シャッフルして再配布する。その際前回と同様に記入者が違うものを届けるように配慮する。

(エ)三番目の指示

手元に届いたら、冊子を開けてそれまでの意見の流れを読み取るように指示する。次に、これまでの意見に対して反対する理由を三つあげるように指示する。具体的に批判するということを体験させる。

ここまで見てもわかるように、暗証番号制度なので誰がここまでの意見を書いてきたのかがわからないし、これから書こうとしている人物も特定できないので自由に意見を述べることができるわけである。

(オ)四番目の指示

再度シャッフルして再配布する。ここまでくると、すでに自分の記入したものが手元に戻る可能性があるので、ケースバイケースで対応するように心がける。

四番目の指示は「これまでに書かれた意見をよく読み、最初の持ち主が考えた結論を支持する意見を書きましょう」というものである。

ここまでくると「もう書こうとしているものがすでに書かれていて書くことがない」という意見があちらこちらで聞こえてくる。ここが生徒も教師も頑張りどころである。

第一印象で思いつかないものを「考える」わけである。発想の転換、おもしろい着眼点等々、多様な視点から物事を見るという訓練である。このような課題の場合、簡単なハードルを設定するのではなく、少々難しいハードルを設定するべきかと思う。

匿名性が守られている点と、思い出すのではなくて考える作業をすることにより、最後に達成感を味わってもらいたいと願っている。

(カ)五番目の指示

シャッフルして再配布は前回と同様である。そして「これまでの意見を総合して、最初の意見に反対する理由を三つあげなさい」と指示する。批判力の養成である。二回目の反対意見になる。四番目の指示と同様生徒も教師もラストスパート状態である。一斉学習にはないスリリングな展開が双方とも体験できる。

(キ)六番目の指示

アイディアをめぐって混沌としているシャッフル再配布の後に次のように言う。
「これまでの意見の流れをよく読んでください。賛成意見と反対意見がほぼ同数あるはずです。これらを見て、あなたはどのような意見に心を動かされましたか。最も説得力のある理由はどのようなものでしたか?このようなことをよく考えて、賛成意見と反対意見のうちどちらが説得力があったのかを判定してください。その際注意することは、あなたの賛成や反対意見を聞いているのではなく、これまで展開されてきた意見のジャッジをするということです。さて、どちらの勝ちでしょうか?」

自分の意見ではなく、他の人の意見をよく読み、その理由付けを判定するという作業である。

(ク)七番目の指示

よく考えて理由を書き込んでいる全員書き終わり、表紙を上にして机に置いたことを確認した後に冊子を回収して机の上に並べる。そして「自分の暗証番号の書かれた冊子を取りに来てください」という。

このときに生徒たちはこれまでにないスピードで冊子を取りに来る場合が多い。一刻も早く自分の冊子を見たいのだと思う。最初に書いた自分の意見に多くの仲間が賛成・反対意見を書いているというところに興味があるのだと思う。

しばらく沈黙ができるので教師はじっと待ちながらタイミングを探る。そして七番目の指示である。「感想を書いてみましょう」と。生徒たちが書いた感想は次のとおりです。

<生徒たちの感想>
・書こうと思えば、賛成も反対もたくさんの意見が書けるんだなと思いました。考えるのは大変でした。
・みんななかなかやるなー!
・こんなにたくさんの意見を聞いて、どっちも正しいと思った。
・人によっていろんな意見があって学べた。やっぱり環境は大事だ。
・いろいろ考えがあるんだなと思った。
・いろんな意見をみて、共感できることが多かった。
・人間が仕切っているという考えは悲しいと思う。
・金儲けしても公害などで死んだら意味がないってやつに共感した。
・最終的に自分の意見に賛成されててうれしい。
・いろんな意見があって見てておもしろかった。
・同じ意見でもいろいろな意見があっておもしろい。
・工場がつぶれてしまうなら環境なんか考えなくてもいいというのが正論。みんな頭いいと思った。
・やっぱり環境と生産両方考えるのは難しいし、もうけも大事だから深く考えないといけないんだなと考えさせられた。
・結局どっちも大事なんだと思った。
・みんないろいろな意見があるんだなぁと思いました。自分は生活も大切だと思うけど、自分達の住んでいる地球のこととかも考えないといけないなと思いました。
・生活も大事だと思ったけどやっぱり環境について考えるのは大切なことだと思った。
・すごくみんなの意見が書かれていてとてもよいと思いました。こういう意見を議論することはとても大切だと思った。
・二人の人は環境のことを考えていてくれてすごい説得された。環境を考えることにより心が豊かになるとか、まわりも協力してくれるかもしれないっていう意見にすごい賛成した。一人の人は利益が上がらないからといって工場を守りたいと言っていたが、現実は80%以上の人がそっちだと思う。でもいつかこっちの意見も口だけじゃなく実行されれば地球もかわる。
・自分と全く違う意見の人がいておもしろかったし、心を動かされる部分が多々ありました。
・反対意見の方ももっと聞きたかった。
・自分の意見が一番正しいと思う。
・反対意見にも納得したし、賛成意見にも納得できた。最終的に両方とも大事だなって思った。

以上が主な感想である。実施時期が初夏で人間関係の構築ができていなかったために、匿名性を保ったことは意味があると感じた。

3.指導計画

思考の訓練

学習のねらい
(1)環境問題と働くことについて考えたことをもう一段階深める。
(2)自分の視点とは違った、様々な意見があることを体験する。
(3)自分の意見と他者との意見を総合的に捉える力を養成する。

学習のまとめ 指導上の留意点
<プリント配布>
課題1
(1)授業の中から出た感想を読む。
(2)感想を読んでどのように思ったのかを書く。
・氏名等は記入しないように注意する。
・この時間だけの暗証番号を書くように指示する。
(四桁数字)
<「先生からのひとこと」を読む>
課題2:二項対立の意見をどちらか選択
(1)将来の地球のことを考えて、工場はお金を「生産」と「環境維持」に分けて使うべきだと思う。
(2)工場は利益を上げないとつぶれてしまう。環境も大事だけれど、今の生活の維持も大事だ。だから「生産」に集中するべきだと思う。
・前回の授業についてのコメントを教員が記入する。
・現時点での自分の考え方に近い方を直感的に選ぶように指示する。
課題3:決断した理由を考える
課題2で選択した結果の理由を自力で三つ挙げさせる。
・ここはこの時間で生徒が一番アタマと時間を使うところなので、担当教員は極力「待つ」姿勢を取る 。
<回収、シャッフル、再配布>
この時間だけの暗証番号が書いてあることを確認して、プリントを回収してシャッフル、再配布する。
※ 自分のものが来てしまった場合には、任意のプリントと交換する
(以下同様)
・教員が集めてシャッフルする。生徒にはトランプのカードのようにして一枚ひいてもらう。
課題4:最初の人の意見を肯定する
任意に来たプリントの理由のところをよく読み、「そのとおりだ」と思う理由を三つ考えて書く。
・自分の意見とは異なっていても「賛成」理由を書くように指示する。
<回収、シャッフル、再配布>
課題5:これまでの意見に対して反対する

任意に来たプリントのこれまでの意見をよく読み、「反対だ」と思う理由を三つ考えて書く。
 
<回収、シャッフル、再配布>
課題6:最初の人の意見を支持する

これまでの意見をよく読み「いろいろな意見はあるけれど、最初の意見にやはり賛成だ」という意見を三つ考えて書く。
・課題6、7は進捗状況によっては理由を二つあげればよしとする場合もある。
<回収、シャッフル、再配布>
課題7:最初の人の意見に反対する

これまでの意見をよく読み「いろいろな意見はあるけれど、最初の意見にやはり反対だ」という意見を三つ考えて書く。
 
<回収、シャッフル、再配布>
課題8:判定する

これまでに書かれた意見を読み込み、最終的にどちらの意見に心が動いたのかを書く。
次に、その心を動かされた部分と、その理由を書く。
・課題8は自分がどちらの意見がよいのかを判断するのではなく、それまでの書かれた意見のどちらに心を動かされたのかを判断するように留意する。
<プリントを本人に返却する(暗証番号で確認)>
課題9:感想を書く

この時間をとおして考えたことや感じたことをまとめる。
・最後に氏名を記入する。

4.課題

この授業を振り返って、身につけてもらいたい力として、「思考・判断」能力を挙げることができる。
教材自体の性格としては「主として自分自身に関すること」 、「主として他の人とのかかわりに関すること」 、「主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること」 、「主として集団や社会とのかかわりに関すること」の四つをカバーしていると考える。さらにコミュニケーション能力の育成を長期的に展望しての試みでもある。

これらの観点は、「道徳」と「キャリア教育」に関するものである。つまり、日常の授業を通して道徳とキャリア教育を含んだ総合的なカリキュラムを展開できるのではないかという問題提起を含んだ試みでもある。

あれもこれもと欲張ることはできないが、現在の高校生が抱えている歴史的・社会的背景をみると、毎日の教育活動にこれら二点の要素を取り入れることの意義は大きいと考える。その際に体験型授業と一斉授業とのバランスを考慮して、イベント型の授業がそのままやりっ放しで終わるということのないように留意する必要があると思う。

5.おわりに

本稿の趣旨をまとめると次のようになる。

第一に、今回実践した授業の様子をレポートする形でまとめた。
第二に、その授業の略案を示した。
第三に、生徒の感じたことを質的なデータとして示した。
第四に、日常の授業と道徳教育、キャリア教育との関連を示した。
第五に、今回のような体験型学習の抱える課題を示した。


特徴として、特別な機材を必要とすることなく、普通教室で、しかも費用をかけずに紙ベースで展開できる教材としてその実践例を紹介してみた。体験型学習のヒントは自分の足下にヒントが隠れていると感じている。一つの教材を育てるものは、多くの皆様からの批判的なご意見であると思う。どうか教材を育てるという観点から、貴重なご意見をいただけたら幸いである。
以上で本稿を閉じる。

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