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「アリとキリギリスの年金入門」
  web.08
(2009.11)
大阪狭山市立南中学校 社会科 奥田 修一郎先生

1. はじめに

「不明の年金記録5,000万件」が報道されて以来、日本の年金制度のあり方が国民の重大な関心ごとになってきた。平成21年8月の衆議院選挙の結果、政権交代が行われたが、「労働」と並んでこの「年金問題」は今後も大きな注目を集めると思われる。

そんな中、子どもたちも大人の話題やニュースを見聞きする中で「年金問題」に興味を持つようになってきてはいるが、子どもたちの知識はまだまだ断片的である。

そもそも日本の複雑な年金の仕組みを理解させるには困難な面がある。

一つには、公民分野の授業で十分な経済学習をおこなう時間がないことがある。
また、「年金」は、まだ子どもは遠い先のことと考えているところがあるので、身近な自分のこととして捉えさせるのが難しい面がある。

しかし、今後のよりよき「年金制度」設計を考えるためには、現状の制度を知り、その制度がうまくいっていないとすればどうすればいいのか、そもそも、年金制度に求められる価値観は何かなどを探究し、他者との議論の中で認識を深める力(経済リテラシー)の育成が求められる。

2.学習目標

(1) 「年金制度」を子どもたちが理解できるようにする。(知識・理解)
(2) 年金問題のニュースに興味を持ち、年金制度がどうあるべきかを考える意欲を育てる。(興味・関心・意欲)
(3) 年金問題のニュース・資料を集めたり、分析したりすることで何が問題なのかを明らかにすることができる。(技能・表現)
(4) 制度理解をした上で、国民年金を支払うかどうかの意思を問い、なぜそう思ったのか理由を言えるようにする。(思考・判断)
(5) (4)を踏まえ、すべての人が合意できる年金制度とは何かを考える、考察する中で、制度をつくっていくとき、大切にされなければならない価値観は何かを問い、その価値観が生かされる年金制度も提案する。(思考・判断)
(6) (5)で得た原理が、他の国の年金制度ではどうなっているかの検証も継続的に行う。(思考・判断)

3.授業実践

・対象学年…3年生161名   ・対象科目…社会科(公民分野)   ・教科書…帝国書院

第一次

年金受給者である近くにいる祖母や祖父からの聞き取りをしたり、新聞記事を切り抜いたりする活動を事前に行わせる。この場合1ヶ月の時間をかける。

授業では、調べたことや疑問に思ったことを各自発表させる。また、各局の年金報道番組を視聴させ、番組の製作意図を考えるきっかけづくりができるようにする。

第二次

公的年金制度を理解させるために、方法としては、教師からの説明や資料の読み取りに工夫する。
説明では、NHKの「週刊こどもニュース」でのニュース解説の模型までにはいかないものの簡単な模型やフリップボードを教師側で用意する。
資料の読み取りでは、子どもに驚き・戸惑い・半信半疑・葛藤という心理的状況を引き起こせるよう発問に工夫する。
( 例 日本で年金制度が充実しているプロスポーツは、大相撲である。)

月々の保険料、支払期間、受給年齢、受給金額などの具体的な仕組みを理解させる。
さらにここでは、社会保険庁の職員をゲストティーチャーとして招き実務的な話を聞く。
仕組み理解だけではなく、制度を支える理念(価値観)について理解できるようにする。

第三次

おおまかに制度を理解したところで「あなたは20歳になったら年金を払いますか」という問いかけをする。
「払う」と答えた子と「払わない」と答えた子の2つのグループに分けてディベートをする。
また、公的年金、私的年金、貯金の違いを具体的な数字を使って理解させる。
さらに、年金の歴史的いきさつについての理解を深められるようにする。

第四次

どんな制度がいいのか、また、人はどんな制度を求めるのか、制度をささえる価値観や自分が持っている価値観に気づくことができるようにする。
ここでは「アリとキリギリス」というイソップ童話を題材とし、4つの結末を教材として使う。

4つの結末とは、
(1)不利益な人、困っている人を助け、共に生きる。
(2)自分の裁量とアイデアで自己実現する。
(3)自分のことは自分で考える自己責任。
(4)自分で招いたことに対して手助けをする必要はない、つまり自己責任。

4つの結末のどれが好きか、なぜ、それを選んだのか、その結末には、どんな価値があるのかを考える。

次に、公的年金問題を解決するための3つの選択肢について、自分としてはどれを選ぶかも決める。また、なぜ、それを選んだのかもまとめる。

3つの選択肢とは下記のとおりである。
(1)「自分のことは自分でしなくては」(アメリカ型の私的年金を自分で積み立てていく)
(2)「今の制度はこれまでの、またこれからの約束」(今の日本の年金制度)
(3)「最低保障年金を税金で保障すべきだ」(民主党の案に近い制度)

さらに、それぞれ選択したアプローチ案ごとに集まり、意見の交流を行う。
「アリとキリギリス」の結末と公的年金問題解決アプローチ案を選択する際、判断した理由の一致点や相違点を考える。

第五次

「ウァーム国(worm=虫を意味する英語)の年金制度をつくろう」というワークショップを行う。
このワークは、ロールズの「無知のヴェール」(自分自身の社会における位置や立場について知らないと仮定して、「正義」とは何かを考える) を援用して作成した。

物語の中のキャスト(カマキリ、アリの奥さん、バッタ、トンボ、コガネムシ)のうち、誰のことをまず考え、制度設計をしようと思ったのかを討議する。

この討議をもとに、再度、第四次の選択肢を分析しどれがよいかをグループで話し合い、さらに理想の年金制度とは、どのようなものかをまとめる。

ロールズの「無知のヴェール」の仮定のもとでは、自分が将来どういう存在になるのかについても無知なため、自分が最も不遇の層になるかもしれないリスクを想定して、結果的に最も不遇な層の利益を最大限にするような選択をする。このことで社会的に公正な結論に落ち着くという原理を生徒たちに理解させる。

ロールズ→1971年にアメリカの哲学者ジョン・ロールズは「正義論」を著し、相対主義下での正義を再構築しようと試み、カントやロック、ルソーなどの社会契約論に回帰する「公正としての正義」を主張した。

「無知のヴェール」とは、一般的な状況はすべて知っているが、自身の出身・背景、家族関係、社会的な位置、財産の状態などについては知らない、という仮定である。この場合、自分が将来どういう存在になるのかについて無知なため、自分が最も不遇な層になるかもしれないリスクを想定して、結果的に最も不遇な層の利益を最大限にするような選択をする。このことから「公正」の概念を抽出するのだが、この原理を実際の制度理念や自分のもつ価値観に照射させ、価値観形成を促すという目的のためのワークショップとして自作した。

第六次

学んだことをもとに、他の国の年金制度や他の論者の改革案を評価する。その際いくつかの観点項目を設ける。

4.授業を終えて

公的年金制度を理解するのは難しい。約70年の歴史(日本での)を概観すると、その時その時の社会の要請に応える形で制度がつくられて、修正されてきたことがわかる。そのために、子どもたちが年金制度を学習するにあたっては、多めに時間をかけて考察できるようにするのが望ましい。 今回のこの実践は、「選択」授業ともリンクさせた。

年金制度案には、ある価値(倫理)が埋め込まれている。しかし、いきなり子どもたちにその価値を踏まえて考えさせるのは難しい。そのため、教師が用意した話や寓話からアナロジー的に価値とは何かを考えさせることから始めた。

また、国民年金を支払うかの意思決定で自分の価値をふり返らせ、次にそれぞれの年金案から、リスク・コスト・“大切とされている理念”を抽出して分析していった。

最後に「無知のヴェール」からヒントを得たワークショップを行い、制度設計する際には、誰の立場に立てばよいかの考察をした。これによって「自己責任」を基礎にした制度案を支持していた子どもたちも、「他者性」「利他性」「複数性」の認識を深めることができたのではないかと思う。また、学習の過程で自分の持つ価値観を見つめ、揺さぶられ、価値の再構築ができた。

5.終わりに

経済的リテラシーを身につけるために、まず、今話題になっている論争問題に関心をもたせ、その論争を多面的・多角的に理解できるようにすることが求められる。さらに、どのような政策決定をしていくべきかの考察には、その政策を支える経済学理論(理念)の価値観まで相対化する学習をすることで、よりいっそうの理解(価値観の再構築も含む)が深まるものと思われる。

経済的リテラシーは、簡単には身につかない。公民分野の経済学習では、よりいっそう計画されたカリキュラムの構築が必要である。

その時のポイントは、まずは制度がどのようになっているのか、その制度がうまくいっていないとすればなぜか、そのために何がもとめられるのかを考えられるよう、また、子どもたちの「なぜ!?」に迫れるような教材開発が必要である。今後も教材開発や授業方法に工夫をしていきたい。

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