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キャリア教育と実践参加の学びとの関連を考える
―中学家庭分野の実践を通して―
  web.03
(2011.6)
大阪府豊能町立吉川中学校 家庭科 忽那 啓子(くつな けいこ) 先生

はじめに 

私が学びの研究に関心を持ち始めた理由は、教育現場で次々に起こる課題の対処に朝から晩まで追われる中、「これでは繰り返すばかり。何とか解決したい。 そのためには原点に立ち返らなければ。」というおもいからでした。

目標喪失、無気力、乱暴な言動、いじめ、不登校、非社会的行動、家庭背景等、目の前で繰り広げられるさまざまな課題にはあらゆる視点から迫る必要がありますが、私が注目したのは一日の中で最も長い時間を占める授業でした。

授業が与える影響は教師が考えている以上に大きいもので、授業の学びが真におもしろいものとなれば、子どもたちはいきいきと参加し始める。 教室に学び合う共同体が構築できれば、互いのよさが響き合い、伸ばし合うことができる。おもいやりあふれた学校づくりにつながる。

このような学びを一日6時間、全教科で実践できれば、今ある課題の多くはきっと解決に向かうと考えました。学校教育の核心である授業の変革、学びの転換こそ課題解決への近道と考えたのです。

そして、よい授業は教材研究、授業研究に始まるというこれまでの考えから、今日の課題に迫る授業を創造するには、その礎となる学びの研究からスタートしなければならないという考えに至りました。 それ以来、学びや学力観、教育に関する本を何冊も何冊も読みあさる日が続きました。

その中で出会うことができたのが、佐伯胖先生が提唱する文化的実践としての学びです。佐伯胖先生は、学びを個人の頭の中で行う知識の獲得と捉えるのではなく、文化的実践への参加と捉え、教育を文化的実践として再構築していく視点を提唱しています。

もう20年近く前になりますが、「学校の再生をめざして」を初めて読んだときのインパクトは今も鮮明です。目の前の子どもたちに必要な学びはこれだと直感しました。 今までの自分の学び観が大きく転換した瞬間で、この学びに少しでも近づけるよう、授業開発をスタートさせることになります。

しかし、その学びを理解し、授業開発に至るには、そこからさらに10年の年月を要しました。ようやく2004年、中学校家庭分野において「高齢者宅配弁当」を構築することができました。 その内容を紹介します。

中学家庭分野「高齢者宅配弁当」の開発と実施検討

1.授業の開発方法

授業の開発方法を図1に示し、意図と枠組について「高齢者宅配弁当」の開発を例に解説する。

図1 授業開発の枠組

図1 授業開発の枠組
【主題設定→探究活動→企画実践→発信評価】 【学びの構想に向かう授業目標=評価項目】
文化的実践参加につながる主題を設定し、現実社会で営まれている探究・実践活動を授業に取り入れることで実践者とのつながりができ、そこに参加していくという実感。 文化的実践参加につながる目標を評価と関連して設定することで評価項目を意識した授業展開となり、結果の評価ではなく、全員の目標達成をめざし授業内において評価・支援活動が活発に展開。

※キャリア教育との関連について下線をひきながら考察する。

佐伯胖先生が提唱する学びの転換をめざして最初に考えることは、現実の社会で営まれる文化的実践に参加していく筋道をいかに用意するかである。

今回は、高齢化社会に向けて全国で始まったとりくみに注目した。 N町でも社会福祉協議会を中心として弁当宅配サービスが始まり、この実践に参入することにした。「弁当実習」に始まるのではなく「実践参加」に始まる、この学びの出発点の違いが学びの転換につながると考える。

同じ考え方で、さまざまな実践参加の授業開発が期待できる。3年間を通して種々の文化的営みに参加していく中で、家庭生活、消費生活、衣食住生活など全ての分野の学びが深まり、網羅されているようなカリキュラムの構築を考えている。

主題が決まると探究・実践活動の検討に入る。
人と文化と社会と積極的に関わることへの橋渡しとなる授業をめざして4つのプロセスを計画する。
「高齢者宅配弁当」では、
1段階目主題設定は、社会福祉協議会の活動を写真パネルで紹介し、地域の実践に参加しようという呼びかけに始まる。
2段階目探究活動は、世の中に通用する知恵と技をめざして、実践参加に必要な学習が展開される。
3段階目企画実践では、献立決定、試しづくりの後、社会福祉協議会との共同参加の場を用意する。
4段階目発信評価では、届けた方から評価を頂くことになる。このように、このまま続けていくと、世界で真剣にとりくまれていることに自分たちも参加していけるという実感につながるような要素を盛り込みながら授業を構成していくことになる。

2.授業の実践

【2004年4月〜11月にかけて大阪府N町立N中学校1年131名が参加】

従来の授業と異なる当開発授業の特徴を3点にまとめることができる。

一つめは、とりくむ姿勢、やる気にみられた。
主題発表すると、「本当に宅配するの?」「160個もつくるの?」と質問やアイデアが飛び交い、教室は熱気に包まれた。
2段階目探究活動でも、素人ながらも世の中の実践に参加するのだからと、栄養や食品の学習、包丁検定などの基本実習にも一段と熱が入った。
3段階目企画実践でも、社会福祉協議会の方と共同参加することができた。
4段階目発信評価でも、「テーブルにおいしそうなお弁当がありました。近所のすみれちゃんが学校でつくったハンバーグ弁当のプレゼントでした。色合いも詰め合わせも大変美しく早く頂くことにし、先ずひじきを食しました。 おいしい、プロも負けそう…これからも学生生活を楽しくがんばってください。」このような手紙を頂いて充実感が更に膨らみ、またやりたいという声が聞かれた。
ビデオによる相互評価でも、他クラスN中弁当隊の様子に、「やる気満開!」と歓声があがった。

二つめは、個人の学びではなく、学び合う関係にみられた。
実践参加という1つの目標に向かいクラスが動き始める時、自然と学び合う共同体が構築される。 実習形式も従来と異なり、クラスを炭水化物班、たんぱく質班、無機質班、ビタミン班の4つの栄養班にわけ、各班が全員分の料理を担当するという全員による完成方式を導入すると、学び合いが一段と活性化した。
献立決定の時も、各栄養素のおかずが黒板一杯に羅列されて、高齢者の好みや他のおかずとのバランスなど、全員による活発な意見交流が展開された。

三つめは、学びの広がりにみられた。
探究活動が進むにつれて、「弁当袋、箸入れ、手紙も届けよう」「高齢者に好みを聞こう」と次々にアイデアが出され、ミシン実習や草木染め、高齢社会や家族生活にも学びが広がった。
学ぶ内容が先にあるのではなく、実践参加という目標に向けて必要なことを学んでいく、これが真の学びであると実感した。

3.授業の評価

最初に、当開発授業が目標とした文化的実践としての学びは構築できたのか、授業評価を行うと、44人が「大変そう思う」、83人が「そう思う」と答えており、意図した通りの授業が達成できたと判断できる。

その解釈についても、学習前は「わからない」が多かったが、学習後は「世の中の役に立つことに前向きに参加していき、いろんな人とつながりあえたり喜ぶことのできること。 この授業ではそれがきちんとできていた。」に代表されるように、生徒全体に普遍化されていた。また、各目標達成度をみると、表1に示すように、全て3.0を上回る高い結果となった。

⇒ 表1「高齢者宅配弁当」における目標達成度と授業との関連(PDF)

次に、めざす授業が構築できた要因を考察すると、「文化的実践」の項目であげられている(1)(18)(19)の視点が大きく関与したと推察される。
「高齢者宅配弁当という社会でやっていることができて、役に立つということがあってうれしかった。 これからも学んだことをいっぱい使っていこうと思えた。」
「社会福祉協議会の人に来てもらって、本当に自分が高齢者弁当をつくるところで働いている感覚を感じた。」
「一番大きく学び得たものは、人とのふれあいだと思う。 班の人と一緒に社会福祉協議会の人にアドバイスしてもらい、高齢者の人に届ける。たくさんふれあった。いろんな人の立場になって考えられた。」
に代表されるように、現実社会の課題に基づいた主題構想、実践者との共同参加、学びの発信、これらが文化的実践としての学びにつながる授業開発の鍵になるといえる。

4.文化的実践としての学びの意義

文化的実践としての学びをめざして授業開発を進めてきたが、文化的実践としての学びを通して子どもたちは何を確立していくのか。 アンケートの自由記入欄の内容を中心に検討を進める。記入人数は131人(100%)、項目件数は374件(285%)であった。

(1)達成感・自信

一番多かったのは、人と文化と社会とのつながりについて、達成感や自信に関するものである。
「自分から社会に向けていろんなことに挑戦したらたくさんのことにつながり合える。自分はがんばればこんなにもやる気が出るんだなぁと、自分の新しい一面を見ることができた。」
「完成した時のみんなの顔がキラキラしていた。」とある。
表1より、「達成感・自信」と関連深い授業をみると、(19)(20)社会へ発信、(15)(16)(17)実習形式をあげている者が多い。
人と文化と社会とのつながりを大切にした学びが、達成感や自信につながったといえる。これらが生きる力を喪失しているといわれている今の子どもたちに、将来を思い描く力を授けるきっかけになると推察される。

(2)学ぶ楽しさ・学び合いのおもしろさ

次に多かったのは、協力や意見交換について、学び合いに関するものである。
「楽しい・興味」では(15)(16)(17)実習形式と(12)弁当グッズがあげられている。
従来と異なる全員完成方式を導入し、ともに学び合える授業形態をとり入れたこと、また、ミシン実習や草木染めへの学びの広がりが評価・支援活動や表現活動を活性化させ、楽しさを増幅させる要因になったといえる。
文化的実践参加に向けて学び合う関係を創出できる授業を工夫することで、学びは個人の知識の獲得ではなく、学び合うこと、そこに意味があると気づき始め、学ぶおもしろさを回復していくと推察される。

(3)学ぶ意味・学ぶ意欲

次に多かったのは、授業評価に関してである。
「これなら真剣にやれるってやりながら思った。」とある。4月に学ぶ意味を尋ねた時は「わからない」が89人いたのが、11月には7人に減り、一連の授業を通して生徒全体に普遍化されていた。
学ぶ意味について「お弁当を食べてもらい喜ばれ、いいこと家庭科の授業でやったなと達成感を味わう。 その気持ち、やる気を積み重ねる。それを勉強するのかなぁ?」とあるように、手応えのある学び、学びがいのある学びを積み重ねていくことで学ぶ意味を深化させていく。
この学ぶ意味の理解が確かな学力への鍵となる学ぶ意欲につながると推察される。

(4)技能・理解

次に多かったのは、食生活やお弁当の評価に関してである。
(19)(20)社会へ発信は「達成感・自信」「社会に視野」だけではなく、「技術」「知恵」「応用」や「よくわかる」の目標とも関連してあげられ、技能や理解の目標達成にも貢献したと推察される。
事後テストも平均73点と高い結果で、お弁当箱に描かせた献立や手紙からも文化的実践参加を通して理解が拡大・深化したことが読みとれた。
探究活動を重視した授業は、技術や知識を系統的に学ぶ従来の授業に比べて、量的な獲得や効率性において課題が残るという指摘もある。しかし、今回試みたように、探究・実践活動と評価・支援活動からなる文化的実践を柱とした一連の学びは、技能面、理解面の目標達成にもプラス要素として関与することが示唆された。

おわりに

今回、キャリア教育との関連について下線をひきながら考察しましたが、3つの授業開発の視点
(ア)現実社会の課題に基づく主題構想
(イ)実践者との共同参加
(ウ)学びの発信
がキャリア教育に有効にはたらく鍵になると考えています。

「このまま続けていくと世界で真剣にとりくまれていることに自分たちも参加していけるという実感」を大切に授業構想する結果、4.であげたように(1)達成感・自信(3)学ぶ意味・学ぶ意欲の意義を生み出し、これらが「勤労観、職業観、キャリア形成のための意欲や態度や能力」につながると推察されます。

人と文化と社会のつながりを通して達成感や自信が芽生え、学ぶ意味を理解する、その理解がさらに学ぶ意欲、生きる意欲の喚起へとつながり、生きる力を喪失しているといわれている今の子どもたちに、将来を思い描く力を授けるきっかけになると推察されます。

担任、一貫教育担当、人権教育担当等、あらゆる立場から教育を実践してきましたが、実践参加の学びは自尊心や他尊心を育み、真の学び合いのおもしろさを構築できる学びであると実感しています。

20年前、目の前で繰り広げられる学校教育のさまざまな課題に迫ることを目的に学びの研究を始めましたが、「高齢者宅配弁当」に続いて「いつでもどこでも応援隊PART1炊きだし応援隊」、「いつでもどこでも応援隊PART2新型インフルエンザ対応マスクの企画開発」等の実践を積み重ねていく中で、"授業目標達成""活用型学力""キャリア教育"等との関連もみえてきました。

他にも気づいていないよさがたくさん秘められていて、今後実践を重ねていく中で明らかになると考えています。今日の教育の課題に迫る学びを共有し、それを礎に授業研究が始まる、学校教育の核といえる授業が毎時間笑顔で一杯になるように、これからも家庭科教育の可能性を探るとともに全教科に向けて発信していきます。

「やる前はなんかよくわからんとこが一杯あってできないみたいに思っていたけど、やっているうちにわかってきてそんなに意識はしてないから無意識でできた。一番大きく学んだことは、こういうことは世界で必要とされている、それを自分たちがやったんだということ。」

これらの感想とともに、これからも第3、第4、第5・・・と続く実践参加の学びの意義について科学的に検証をしていく中で、私自身の文化的実践参加への第一歩を大きく踏み出したいと考えています。

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