vol.09 「百見は一考にしかず」と批判的精神 東京経済大学経営学部教授 小木紀親
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以前、当時のトヨタ自動車の張社長の高話から、「百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず」という言葉をいただいた。以後、私の座右の銘のひとつになった。否(いな)。むしろ、もともとの自身の座右の銘の「批判的精神」の重要性を裏付ける言葉となったと言ったほうが良いかもしれない。というのも、先の言葉は、この「批判的精神」と大きく重なっており、共通・共感する部分が大きいからである。

批判的精神とは、実際の現象や物事を「なぜそうなっているのか」、「本当にそうなのか」といった観点からとらえ、調査・伝達していく「論理的なモノの見方」を意味する(ここで言う批判とは否定と同義ではない)。言い換えれば、批判的精神とは、まずは物事の現象に気づき(問題意識の発見)、そしてその現象が正しいのかどうか詳しく調べ(渇望からの知識獲得)、それを語りや文章で伝える(コミュニケーション)という一連のプロセスとも言えよう。

このプロセスの獲得は簡単そうにみえてなかなか難しい。まずは、現象に気づけるかどうか、たとえ気づいたとしてもそれを自身のものにするためには相当な努力が必要であり、さらにはそれを論理的に整理して、相手に伝えるという行為が伴うのである。そこには、常に「思考する(考える)」行為が存在し、そのプロセスによって自身の成長が促されるのである。このプロセスこそが、「百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず」そのものなのだ。

毎年、自身のマーケティング論の初回講義(研修や講演も含めて)では、この「批判的精神」の重要性を論じることから始めるのだが、実は、この批判的精神こそがマーケティングには極めて重要な視座となる。市場では絶え間なく様々な現象が起こっており、マーケターとしては、アンテナを高くしてまずはこれらのサインに気づくことが必要となる。なぜあの店は行列ができるのか、なぜあの商品が売れているのか、なぜ企業がこのような行動をとったかなど、とにかくそうしたサインに気づかなければ、自身のマーケティング戦略を構築できようはずもない。

たとえば、入居待ちの多い高齢者施設は必ず顧客が満足していると思うのは早計であって、もしかするとたいしたことのないサービスしか提供されていないにもかかわらず、他の競合施設がないがゆえに当該施設への入居を待っているという場合もあり(非満足状態)、そこには十分に競合施設が付け入る隙があるということになる。

また、コンビニエンスストアにおけるアイスクリームやデザートのターゲット層についても再考すべき点が多い。多くの人が、そのターゲット層が若い女性や子どもだと考えているが、実際には、30代〜50代のオヤジ世代が最大の購入者層なのである。批判的精神をもたず、甘いものは女性や子どもという固定概念にとらわれて、実際のターゲットを見誤ってしまう悪い思考パターンである。もし批判的精神を持っていれば、その現象に気づき、その現象がどうしてそうなっているのかを調べ、そしてそのターゲット(中年男性)が好むような商品の開発を行っていくことになろう。

こうした事例は市場現象の単なる一例にすぎないが、重要なことは、現象の表面だけをとらえるのではなく、批判的精神のプロセスから論理的にそれらをとらえていかなければ、本当に正しい結論を得られないということである。そこには、「思考する(考える)」ことが極めて重要であることを付け加えておきたい。つまり、「百見は一考にしかず」なのである。

さて、本年度の私のエッセイ担当回は、ひとまず終了となる。本当はもっともっと語りたいトピックスはあった。たとえば、自身が熱烈な中日ドラゴンズファンであることもあるがスポーツビジネスの話、自身の好きな映画や小説に関わる話、クリスマスなど季節的なイベントに関わるビジネスの話などなど。こうした話ができる楽しみは、次の機会が訪れるまでとっておきたい。

2014年は午年。日本経済も、天高く駆け上る馬のごとくとありたいものである。新しい年が皆様にとって良き年でありますよう。

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小木 紀親(おぎ のりちか)

小木 紀親
(おぎ のりちか)


1968年名古屋市生まれ。
慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了、同博士課程単位取得。1997年松山大学経営学部専任講師・同助教授。2006年日本福祉大学福祉経営学部教授。2008年東京経済大学経営学部教授(現在に至る)。
専門は、マーケティング、医療・福祉・行政のマーケティング、ソーシャル・ビジネス。
現在、慶應義塾大学などでも講師を務める一方で、企業、行政、医療機関に対する研修・講演を行い、各戦略づくりにも参加。
主な著書に、『マーケティング・ストラテジー』(中央経済社、2000年)、『マーケティングEYE[第3版]』(中部経済新聞社、2010年)などがある。

 
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