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授業構想プラン(2)
協力・協働を体験するグループ活動の場の必要性や意義について考える
web.03
(2015.6)
帝京大学教職大学院 澁澤 文隆 教授
 

1.はじめに

この授業案は、社会科というよりも特別活動の時間や道徳の時間を想定しながら書いた。殺伐とした社会、優劣競争の社会にストレスが溜まり、不登校の児童生徒が出てきたり、いじめが横行したり、ニート、フリーターが増加している背景にメスを入れて心身共に健康な社会づくりを推進する一環として、どういう社会を目指すとみんなが元気になれるのか。

個性を磨き伸長させて社会に貢献することがいかに心豊かに生活できる道か、いじめがいかに罪深いかなどに気付かせる場の設定が必要である。
生徒指導、進路指導、学級の時間や学校行事などの際に、個と集団を問うたり集団づくりが必要になったりする。また、 中学生、高校生は進路について考える時期に、「心豊かに生きる」、「社会貢献とは」などちょっと奥深い所に立ち入って検討して欲しいと願ったからだ。

本授業プランは、一人ひとりが “存在感” “期待感” を味わう一方で “疎外感” “孤独感” に苛むようなことがないような社会環境づくりを整備する必要があるとの課題意識から、協力・協働を身を持って体験するようなグループ活動の場の必要性や意義について学習する授業を構想したものである。

 

2.導入

小学生、中学生の頃のクラス、教室を思い出してみよう。
クラスを見渡してみると、どのクラスにも元気に立ち振る舞っている子どもが見られた一方で、元気がなく“どうせ私なんて…”と呟いているような子どもがみられたのではないだろうか。

そうした子どもに注目して、なぜ元気に振る舞っていた子どもと元気がない子どもが見られたのか、どんな違い、差がそうしたものを生み出していたのか、比較し要因のようなものを探ってみよう、と投げかける。
そして、明朗さ、積極性などといった性格の違いが大きいことは容易に推察できるが、それ以外に何か違い、差を生み出す要因がないだろうかと、再度問う。

その上で、クラスで元気に振る舞っている子どもに共通する点として、自分は仲間から頼られている、自分の持ち味を発揮することが期待されている、また家族から愛情を注がれ大切にされているなどと、存在感や期待感を味わっているということがあると指摘、紹介する。

逆に、元気がなく「どうせ私なんて…」と呟いている子どもは仲間や家族からあまり頼りにされず、自分らしさを発揮するよう求められることもほとんどないため一種の疎外感や孤独感のようなものを味わっている子どもが多いということを指摘、紹介する。

 

3.展開

次の2点について、みんなで考え、指摘し合い、改善策を考えよう、という課題を設定する。

(1)存在感や期待感を味わうことができるのはどんな場面、どんな機会か?
  このような場面、機会をできるだけ多く設定したいが、それにはどんな工夫、努力が必要か。

(2)逆に、どんな場面、機会に出くわすと疎外感や孤独感を味わうことになるか?
  こうした場面、機会を極力減らすためにはどうしたらよいか。

発言は自由意志とし、思い付いた生徒から挙手をして発言するかたちで進める。なお、生徒に依頼し、司会や板書をしてもらってもよい。
いじめ問題等がみられる場合は、(2)の方が考えやすいので、後者から入っていってもよいだろう。

(2)について想定される発言

・“仲間外れ”“無視”“いじわる”“悪質ないたずら”の対象になった人はさみしさ、くやしさ、悲しさなどを伴った気分をたっぷり味わい、疎外感や孤独感にさいなまれることになるから、できるだけそうした場面、機会もつくらないようにしないといけない。 ・偏見や誤解に基づいた“ひどい中傷、悪口、非難”や“根拠のないデマ”なども、その対象になった人は居たたまれない気持ちになったり追い込まれたりすることから、やってはいけない。 ・やりたくないことをみんなで無理やり押し付けたり、不得意、不得手なことを多数決で強引にやらせたりするような、“多数決の暴力”を使うのはいけない。これらはいずれも“いじめ”の一種だ。 ・失敗したり、できなかったりしたことをみんなで笑いものの対象にしたり、人の弱みにつけこんでからかったりすると、その対象になった人は傷つき、疎外感や孤独感を味わうことになる。 ・本人が触れられたくないことを白日の下にさらし、みんなであざけったり、ののしったりするようなこともやってはいけない。

(1)について想定される発言

・“親切”“思いやり”“癒し”の気分を味わうことができるような場面に出会うと、心が和み、幸福感に浸ったりすることができるから、そうした機会を増やせるようにしたい。 ・かけっこの早い人にリレーの選手になってもらうなど、得意にしていることを発揮し活躍する場面を設けると、存在感や期待感を味わうことができるから、頑張ろうという気分になれる。 ・みんなが力を合わせたり協力し合ったりする場面で、「一緒にやろう!」と参加を呼び掛けられたり誘われたりすると、自分も必要とされているんだといった気分を味わうことができるから、うれしくなって頑張れる。 ・運動会や合唱などのみんなで力を合わせる場面で、自分もその一員として頑張ることを求められ、頑張ることができると、みんなと一緒に達成感を味わうことができるし協力、協働による充実感を味わうことができる。 ・集団を意識し、集団で取り組むような協力、協働の場を多く設定することが必要。 ・数学の得意な人が数学の不得意な人に親身になってわかりやすく教えてあげたり助けてあげたりすると、“感謝”“友情”のような思いを抱くことができることから、明るくさわやかな人間関係を築くことができる。 ・一所懸命頑張った人に対して素直に、心から褒めたり称賛したりすると、その人は自分が認められたという気持ちを抱くことができるから、存在感を味わうことができる。

前向きで建設的な指摘、意見がさまざまにでてきたところで、頃合いを見てまとめに入る。(2)、(1)の順にしたのは、この順序の方が心豊かな思い、気分でまとめに入ることができるからである。

 

4.まとめ

実は、例えば「一緒にやろう!」と呼びかけても、相手が、誘われた活動に対して不得意意識や忌避感を抱いたりしている場合は、「一緒にやろう!」という誘いをむしろいじわるされているといった感じで受け止め、睨まれたりする可能性がある。

このように良かれと思って声掛けした言動であっても、相手の個性、思い、意識いかんでは、ときには逆に受け取られてしまう場合も出てこよう。こうした点を踏まえると、“存在感、期待感”に結び付くか、“疎外感、孤独感”に結び付くかは背中合わせ、紙一重の関係にあり、相手いかんでは受け取り方が大きくずれてしまったりすることも出てこよう。

しかし、それだからといってそれを恐れて消極的になったりしたら、誘い、呼びかけ、働きかけなどが何もできなくなり、活気のない集団になってしまうだろう。だから結果を恐れず大胆に!と言いたいところだが、そうではなく、相手や仲間に関心を持ち、相手のこと、仲間のことをお互いによく知る努力をしよう。

それと並行して、お互いに励まし合ったり、思いやりの心をもって呼びかけ合ったりしてみんなの出番、活躍の場を設定したり、また、相互の個性を尊重し、それを発揮することを求め合う協力、協働の場づくりに努めよう。

以上のような方向での集団づくり、仲間づくりができれば、みんながこの集団、仲間を大切に思い、愛し、離れたくない、別れたくないなどといった感情が醸成されることになるだろう。その結果、卒業後に何度も同窓会を開くようなことになるだろう。

こうした点を想定すると、入試対策で生徒たちが優劣、競争の世界にさらされていればいるほど、人間は社会的存在であることに留意する一方で学校が集団生活の場であることを生かして、人間の本性的な面に安らぎを与えるような営みを推進することが肝要である。

そのポイントは、生徒一人ひとりが存在感、期待感を味わうことができるよう、環境条件、学習の場などを多面的・多角的に検討し、工夫、努力することである。

同様の趣旨で、家庭においても、家族のそれぞれが存在感や期待感を味わうことができるよう、例えば、家庭の中に広場を設けてそれぞれが見える場で思い思いに過ごしたり、協働を成り立たせるような活動の場を設定したりすることが望まれる。

さらに、その延長線上で、地域社会の再生にも努力することが望まれる。家族、家庭が大事になると、生活の場、隣近所も大事になってくる。愛する家族、愛する隣人がいるからこそ地域社会が意識され、郷土愛が芽生え、地域社会で協働が成り立つようになってくる。

心身が健康に育つためには、いろいろな場でお互いが存在感や期待感を味わうことができる環境条件を整えていくことが大切である。

 

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