文字サイズ変更
  • フォントサイズ大
  • フォントサイズ中
  • フォントサイズ小
生命保険文化センタートップページ>学校教育活動>教育の現場から>教育の現場からINDEX>web.08
実験経済の手法を用いて「市場の失敗」を体験的に学ぶ授業開発
web.08
(2015.11)
東京都立雪谷高等学校 小貫 篤 先生
 

1.はじめに

本小論の目的は、従来あまり行われてこなかった「市場の失敗を体験的に学ぶ」授業を開発・実践・分析することを通して、実験経済の手法を取り入れた経済学習の有効性と課題を明らかにすることである。

需要と供給による価格メカニズムについては、中学校公民的分野や高等学校「現代社会」などで体験的に学ぶ実践が蓄積されている。しかし、体験的に学ぶ実践の重要性はこれまでもたびたび言及されてきたにもかかわらず、いわゆる「市場の失敗」については体験的に学ぶ実践はあまりない。

そのため、本小論では「市場の失敗」について体験的に学ぶ実践を開発する。その際、実験経済の手法を取り入れることにする。実験経済とは、文字や式・グラフで説明するのではなく、授業中に実験をしながら手・耳・口を動かしながら経済学を学ぶ手法と説明される。いくつかの大学ではこうした手法が取り入れられているが、高等学校でどこまで有効なのか実践と分析を通して明らかにしていくこととする。

 

2.授業の位置づけとねらい

(1)対象科目

「政治・経済」、「現代社会」

(2)授業の位置づけ

前時までに、完全競争市場における需要と供給の学習をしている。その上で、前時の最後に、市場では「価格の自動調節作用」が働くが、完全に市場に任せると不都合が起きることがあることを伝え、次回以降これについて考えていくことを確認しておく。

本単元は2時間で構成した。「期待値」「情報非対称性による逆選択」で1時間、「公共財」「外部性」「独占・寡占」で1時間である。

(3)授業のねらい

「期待値を計算しながら中古車の模擬売買を行う」、「街の街灯」といった体験を通して、「市場の失敗」を理解させる。

 

3.授業の実際

(1)箱から硬貨を一つだけ取る。参加費は108円。参加するか?−期待値−

箱の中にはお金が入っている。500円1枚、100円1枚、50円1枚、10円1枚、5円1枚、1円1枚。目隠しをしてこの箱に手を入れ、最初に触った硬貨を得ることができる。参加費は108円。このゲームをやるか?

上記のように問いかけて、教室に1円玉〜500円玉が入った箱をもち込んだ。少し考えさせた後挙手させると、「やる」と答えた生徒が15人、「やらない」と答えた生徒が25人だった。

・「やらない」と答えた生徒に聞くと「参加料よりも高い硬貨は500円だけだから」という答えだった。 ・「やる」と答えた生徒に、実際に目隠しをして箱から硬貨を取り出してもらった。結果は、500円玉を取り出した生徒が3人。あとは1円玉や50円玉だった。
ここで、「実はこれは、計算すればやったほうがよいのか、やらないほうがよいのかわかります」といい、次のように期待値を説明した。 「期待値は、このゲームに参加することで得られると期待できる金額です。結果とその結果が起こりうる確立を掛け合わせて、それを合計すれば求めることができます。この場合、500円玉、100円玉、50円玉、10円玉、5円玉、1円玉に触る確率はそれぞれ1/6です。となると、500円×1/6+100円×1/6+50円×1/6+10円×1/6+5円×1/6+1円×1/6=110.7円。つまり、このゲームに参加することで110円くらいはもらえると期待できます。参加費が108円だったら、参加したほうがよいと考えるわけです」。 このように、期待値の考え方を理解させた上で、逆選択の学習へ入っていった。

(2)いくらで中古車は売買契約成立するか?−情報の非対称性による逆選択−

(ア)逆選択
人々が保有する情報に差がある状態を「情報の非対称性」ということを確認した後、「中古車市場の事例で体験しながら考えてみよう」といい、ゲームを行った。

・このクラスには、20人の売り手と20人の買い手がいる。 ・10人の売り手は事故を起こしていない中古車をもっていて、残りの10人は事故にあった中古車(修理済みで外見はわからない)をもっている。 ・売り手は自分の車が事故車かそうでない車かわかっているが、買い手はわからない。 ・事故を起こしていない車は50万円の価値があり、事故車が10万円の価値があるとする。 ・クラス全員で売買をしてみる。売買価格は交渉で決める。(期待値を考えて!) ・売買が成立したら、教員に教える。

ゲームの際、それぞれの売り手には「あなたは事故を起こした車(事故車)の売り手。10万以下では売らないこと」、「あなたは事故を起こしていない車(正常車)の売り手。50万以下では売らないこと」と書かれたカードを渡し、「買い手には自分の車が事故車か正常車か教えないように」と説明した。

実際に生徒に模擬売買をさせると、契約成立した多くは事故車であった。ここで、この市場の期待値は50万円×10台/20台+10万円×10台/20台=30万円であることを確認した。これが分かれば、買い手は30万円以上の車は買わないことになる。売り手も、30万以上の価値がある車は売りに出さない。

ということは、市場には事故車しか出回らないことになる。このように、情報の非対称性があることで、市場に悪い商品しか出回らないことを「逆選択」ということを説明した。

(イ)スクーリングとシグナリング
生徒には、「どうすれば、逆選択を解消できるだろう?」と問いかけた。そして、情報がない人に情報を伝えることができれば情報の非対称性は解消され、逆選択もなくなることを確認した後、スクーリングとシグナリングの2つを説明した。

スクーリングは情報をもっていない側が選択肢を提示し、選ばせる方法である。ここでは、「保険」の例を用いた。保険は不健康な人ほど入ろうとする。保険会社はこの人が健康かどうかわからない。
その時、「医療費は保険会社が全額負担。保険料は高い」タイプと「医療費の一部は自己負担。保険料は安い」タイプの2種類の保険を用意する。生徒には「自分が不健康だったら、どっちを選ぶ?」と問いかけ、前者を選ぶことを確認した。

シグナリングは、情報をもっている側がコストをかけて情報を伝える方法である。ここでは、「異性への告白」の例を用いた。「『好きだから付き合ってください』といったら、『ホントに?またまたぁ』と冗談だと疑われてしまった。みなさんはどうする?」と問いかけると、生徒からは「誕生日にサプライズプレゼントをあげたり、彼氏・彼女の好きなことを調べて実行したりする」といった回答が出てきた。
このように、コストをかけて「本当に好き」という情報を伝えることを確認した後、これと同じように、企業は自社製品の品質の良さを知らせるために宣伝を行って情報の非対称性を解消しようとしていることを説明した。

(3)街灯は設置されるか?−公共財−

公共財について考えさせるために、次の事例を提示した。

ユキタニ大学経済学部1年で同じサークルのマイコとトオルは同じ町にすんでいる。駅からマイコのアパートまではそんなに遠くないが、商店もなく人通りもまばらなので、マイコは夜になると街灯がない真っ暗な道を通って帰らなければいけない。明るい道を通るとかなり遠回りになり、疲れているバイト帰りに遠回りはしたくない。
マイコはファミレスでバイトしているため、家に帰るのは深夜1時すぎになることも多い。帰り道が怖いのでバイトを辞めたいのだが、生活費が足りなくなってしまうため、辞められない。また、サークルの帰りで遅くなることもある。
マイコが気になるトオルは、できるときは駅からマイコの家まで送っているが、いつもではない。トオルとマイコは区役所に街灯を設置してくれるように頼みに行ったが、すぐには無理だと言われてしまった。あなたがマイコならどうする?

生徒からは、「がんばって明るい道を通る」、「バイクを使う」や「思い切って街灯をつけちゃう」という意見が出てきた。

そこで、「街灯をつけるというのは良いアイデアだけど、自分がお金を出してつくった街灯を、全くお金を出していない人にも使われちゃうのは悔しいよね」といい、フリーライダーが生じるため街灯をつけるのは難しいことを説明した。この後、消費の競合性と排除性について教科書を確認させ、市場に任せておくと街灯などの公共財は提供されないため、政府が介入して公共財を提供していることを確認した。

(4)ごみを減らすためにはどうすればよいか?−外部性−

外部性については、まず、直接の売り手と買い手以外にとって、悪い影響がでることを外部不経済ということを説明し、具体例として公害や環境汚染をあげた。その上で、以下のように聞いた。

自分が校長(首相)だとする。雪谷高校(日本全体)のゴミを減らすためには、どうすればよいか?

これはあまり考えなくてもすぐに思いついたようで、生徒の回答は「ゴミを出した人からお金をとる」が大勢を占めた。実際に、ゴミ袋有料化や環境税といった試みがあることを生徒から出させ、外部不経済の内部化がはかられていることを確認した。

(5)なぜハーゲンダッツはいま200円で買えるのか?−独占と寡占−

独占と寡占について考えさせるために、「今日はこれを買ってきました!みんなで食べよう」といってハーゲンダッツのミニカップを6人に1つ配った。ハーゲンダッツは高級というイメージがあるためか生徒は大喜びである。食べた後で、次のように問いかけた。

いま食べたハーゲンダッツは、いくらで買ってきたでしょうか。

生徒からは「250円」「240円」といった声があがる。

実は、200円で買ってきました。安いよね。でも、1997年まではどこのスーパーに行ってもハーゲンダッツは280円以下では売っていませんでした。なぜでしょうか?

このように問いかけて6人1組で考えさせた。生徒からは「いまもすごくおいしかったから、味に自信があるから値下げしない」「値下げしなくても買う人がいる」といった意見が出てきた。そこで、次のような図を提示した。

ハーゲンダッツ →(出荷価格)→ スーパー →(小売価格)→ 消費者

その上で、「出荷価格はだれが決めるもの?」、「小売価格はだれが決めるもの?」と問いかけ、それぞれハーゲンダッツ、スーパーであることを確認した。次に、本来はスーパーが決めるべき小売価格を、ハーゲンダッツが希望小売価格で売るように要請し、応じないスーパーには出荷を停止して価格を維持していたことを説明した。

「これは何が問題なんだろう?」と考えさせ、自由な競争が阻害され、消費者にとって不利益になると説明を加えた。
「こうした行為は独占を禁止している独占禁止法に違反するとして、公正取引委員会が勧告を行いました。その結果、現在では1割〜3割引きで買えるスーパーも出てきています。また、ハーゲンダッツジャパンのホームページには『希望小売価格は、販売店様の自由な価格設定を拘束するものではありません』という表示がされるようにもなっています」といい、ハーゲンダッツ社のホームページ画面を提示して授業を終えた。

ここで大切なのは、「独占は悪い」で終わるのではなく、「なぜ、独占は独占禁止法という法律で禁止されているのか?」を考えさせ、市場における自由な競争を阻害するから、ということを理解させることである。そのように心がけて授業を展開した。

4.おわりに

本小論の成果は、従来あまり行われてこなかった「市場の失敗を体験的に学ぶ」授業を開発し、実践・分析したことである。実践後に定期考査において、体験的な授業を行った「市場の失敗」に関する問題の正答率と、講義式で行った単元の問題の正答率を比較したところ、「市場の失敗」に関する問題の正答率が講義式で行った単元の問題よりも4クラス平均で17%高いという結果になった。

単元が違うため、一概に結論を出すわけにはいかないが、認識面では定着率が高い傾向があるとはいえそうである。これが、実験経済の手法を取り入れた経済学習の有効性を示すものである。

一方、実験経済の手法を取り入れた経済学習の課題は、実験の結果が必ずしも教えたい結果にならないということである。「期待値」の学習の時、箱から効果を取り出した15人の生徒のうち500円玉を取り出した生徒は少数であり、「参加費108円じゃ、やっぱりやらないほうがいいじゃん」という声もあった。より多くのクラス、生徒に実験をさせ、その結果を生徒に提示する必要があるだろう。

本小論の課題は、本実践では「市場の失敗」でしか実験経済の手法を取り入れていないことである。実験経済の手法は、ミクロ経済だけでなく、マクロ経済にも応用可能と考える。今後はマクロ経済の学習にも実験経済の手法を取り入れた実践を行い、経済学習全体における実験経済の有効性を検証していく必要がある。

<参考文献>
小川一仁・川越敏司・佐々木俊一郎『実験ミクロ経済学』東洋経済新報社,2012

 

教育の現場からINDEXへ戻る