文字サイズ変更
  • フォントサイズ大
  • フォントサイズ中
  • フォントサイズ小
生命保険文化センタートップページ>学校教育活動>教育の現場から>教育の現場からINDEX>web.10
「信用」から考える金融経済教育
〜社会保障教育の単元指導計画を例に〜
web.10
(2016.1)
東京都立国際高等学校 宮崎 三喜男 先生
 

1.はじめに

金融経済教育の重要性が叫ばれてからずいぶんと久しいが、なぜ今、金融経済教育が重要なのだろうか。理由の1つに、生徒が「自分たちはどのような社会を築き上げていくのか」と考える見方を金融経済教育を通して身に付けさせることができるからであると考える。

重要なことは、「幸せな社会」をつくることであり、「正義」や「公正」が実現されることである。金融に関する概念や制度を学ぶことは手段であり、目的ではない。どのような社会を目指すべきなのか、どのような社会を築きあげていくのか、このような力を身に付けさえるような授業を展開すべきであると考える。

 

2.金融経済教育をめぐる環境

現在、金融経済教育を教える環境は非常に難しい状況にある。
その理由の1つ目が少子化の影響である。急激な少子化により、子どもたちが意思決定する機会が喪失しているという問題が表面化してきている。幼いころ、100円玉を片手に近くの駄菓子屋に行き、100円玉の範囲内で何が買えるのか、そのために何をあきらめるのかを、何気ない日々の中で経験してきたものである。

しかし現在では、両親だけでなく、両祖父母がプレゼントを簡単に与えるといった、いわゆる6ポケット現象が増加してきており、子どもたちが意思決定をする機会が減少している。また希少性を実感したり、トレードオフを学ぶという機会すらも著しく減少している。

2つ目は、社会の電子化による「お金の管理の困難さ」という側面である。情報技術の進展による社会の電子化が進むことで、PASMOやSuicaに象徴されるような電子マネーが普及し、子どもたちがお金を管理する力が養われないという問題が起きている。

 

3.「信用」に中核においた金融経済教育

金融経済教育を行う際には、「流動性」、「安全性」、「収益性」の3つの視点があると言われているが、そのような中で、「安全性」、特に「信用」に着目して「信用」を中核においた金融経済教育が、これから最も必要なことであろうと考える。

例えば、「通貨」を扱う授業や金融機関における信用創造をとり扱う授業などで「信用」に力点を置いた授業実践が可能になることであろう。企業に関する授業において、コンプライアンスやコーポレートガバナンスという用語を私たち公民科の教員は良く取り上げるが、このことが示すことは何なのであろうか。

それは私なりに解釈すると「コンプライアンスは全てにおいて優先される」「信用は高コストである」ということにつながると考える。企業の最大の目的は利潤の追求であることは言うまでもないが、信用こそが企業の基盤となっている証拠であろう。

 

4.「信用」と社会保障教育

現在、最も重要な課題の1つに社会保障教育があげられる。年金や医療・介護など、私たち国民生活において非常に大きな影響を与える問題である。

ただ社会保障に関する国民のイメージは「年金は破綻するのではないか」「支払った年金が戻ってこなかったら損ではないか?」「高齢者はもらい得、若者は損、給付と負担が不公平ではないか」とネガティブなものばかりであり、また学校教育においても制度の説明や年金に対する課題や問題点ばかりを取りあげる傾向にあると推測される。

そもそも社会保障制度とは、個人の力だけでは備えることに限界がある生活上のリスクに対して、幾世代にもわたり社会全体で助け合い、支えようとする仕組みのことである。社会保障教育で大切なことはこの、「社会全体で助け合い、支えようとする仕組み」のことであり、またそのような社会を築き上げていくことであろう。

このことを考えるのであれば、学校における社会保障教育とは「信用」を基盤とした考え方に即して、授業を行っていくことが最も必要なことであると考える。制度の問題点や課題を論じることも必要ではあるが、まず、そもそもなぜ社会保障制度が必要なのか、つまり、私たちはどのような社会を目指すべきなのか、どのような社会を築きあげていくのかを社会保障制度を通して考えさせることがベースにあるべきであると考える。

そこで本校では、まず社会保障教育の理念を最初に学習し、その後、年金制度の仕組み、医療保険、まとめの順番で社会保障教育に関する単元を構成している。以下はその単元計画である。

  授業単元名 授業のねらい 形式、使用教材
1 社会保障制度とは ・社会保障制度について、興味・関心を持ち、全体を把握する。 【DVD視聴】
映像教材「社会保障って、なに?〜身近な人から学ぶ健康保険や公的年金の話〜」
2 社会保障の理念を考える ・「支え合い」の観点から、今後の社会保障制度を考える。 ・給付と負担の両面から、社会のあり方を考える。 【ワークショップ】
ワークシート「社会保障の理念やあり方を考える」
3 公的年金制度を理解する ・公的年金制度について関心を持つ。 ・年金には老齢年金、障害年金、遺族年金があるなど、公的年金制度の基礎について理解する。 【講義】
年金教材『10個の「10 分間講座」』
4 年金の世代間格差について考える ・私的扶養と公的扶養の考え方を知り、私的と公的の扶養を足した総額は変わらないことから、年金の世代間格差について考える。 【講義】
「社会保障の正確な理解についての1つのケーススタディ」を参考
5 公的医療保険の考え方について理解する ・公的医療保険が、病気やケガの時の医療費負担による「経済リスク」を軽減する役割を果たしていることを理解する。 【ワークショップ】
ワークシート「公的医療保険って何だろう?」
6 社会保障制度についてのまとめ ・社会保障制度の考え方、および日本の社会保障制度についてテキストを通して確認し、社会保障制度についてのレポートを作成する。 【講義】【レポート作成】
テキスト
 

5.生徒の声

・私はこの授業を受けるまで社会保障制度はあって当たり前で、自分のためだけにあるものだと思っていました。しかし社会保障制度の構造を聞いて、自分のためだけではなく、みんなで万が一のために備えを作っておくことで、困ってしまった誰かほかの人が助けられる素敵な制度だなと思いました。
たしかに高齢化が進む日本にとって、若い世代の負担が増えていく問題はあるけれど、私たち一人一人が働き、税や社会保険料を納めることで自分自身や周りの人たちを助けてくれることの方がとても重要なことだと思います。「個人の力では備えることに限界がある生活上のリスクに対して社会全体で支え合う社会を作ることにつながる」という言葉がすごくいいなと思いました。

・授業を通して、社会保障制度のおかげで、平等で平和な社会が築かれているのだと感じました。また社会保障制度とともに国の信頼性を高めていくことが必要だと感じました。どんなに良い社会保障制度であっても年金がちゃんと払われるのか確実性がなければ滞納する人も増える一方だと思います。国が国民との信頼性や安心を築くことで、社会保障制度の重要性を再認識する人が増えていくことになると思いました。
・私は少子化をサポートするような社会保障制度と高齢者をサポートするような社会保障制度を強化して、より時代に合った社会保障制度にしていくべきだと思います。

 

6.まとめ(おわりに)

授業を通して感じたことは、生徒がマスコミなどから得ている社会保障制度の理解は非常にネガティブであるということである。それゆえ社会保障制度の意義を最初にしっかりと学ばせることが、重要であると考える。

本単元計画では1時限目に「社会保障制度の意義」、2時限目に「今後の社会保障制度の在り方」、3時限目に「公的年金の意義」、4時間目に「世代間格差の考え方」、5時間目に「公的医療保険の考え方」そして6時間目に「まとめ」としている。

1時限目のDVDの視聴では、授業後に新しい発見をしたという感想が聞こえたが、それ以上の深まりは見られなかった。しかし、2時限目のグループ学習を行うことによって、「どのような社会保障制度が望ましいのか」と深く考えるようになり、また、6時限目に自らの考えを文字化することでより深い学びとなった。

授業を通してもなお、生徒の頭から離れない概念は「少子高齢化によって、将来自分たちが受け取る年金が少なくなってしまう」というものであった。授業者はあえて時間をかけて「積立方式では物価の変動に対応できない」と説明したにもかかわらず、それでもなお積立方式が望ましいと思う生徒がいる。

このことからも、いかに社会保障制度の本質を教えるのが難しいことなのかがわかる。教科書では積立方式と賦課方式が二項対立的に書かれていることが多いが、実際に授業を行って感じたことは、「どちらの制度が望ましいのか」という観点ではなく、「どのような制度が望ましいのか」という考えを持つことではなかろうかと感じる。

生徒に対して一番考えてほしいことは、「自分たちは将来どのような社会を築いていくのか」という点である。現行の制度の問題点を批判することは容易ではあるが、その先を考える生徒を育てていきたいものである。ベストな社会保障制度というものは、なかなか存在しないし、どの政策や仕組みにもメリット・デメリットはある。そのことを生徒に理解させ、そのうえで「どう考えるか」という視点を持たせたい。

 

教育の現場からINDEXへ戻る