公益財団法人 生命保険文化センター

メニュー
閉じる

公益財団法人 生命保険文化センター

X youtube
教育の現場から
No.01

夏季セミナー家庭科授業実践報告 「生活設計の授業作り」

東京大学教育学部附属中等教育学校 楢府 暢子 先生

2019.9

1.新学習指導要領と生活設計の関わり

学習指導要領における生活設計の位置づけですが、高校に関しては大きな変化があり、「生涯の生活設計」という項目が最初に入ってきました。導入として用い、A~Cの内容※と関連づけて生活設計の内容を行い最終的にまとめに活用するという流れになっています。その背景は、指導要領全体としてはキャリア教育の充実、多様化した生き方などがあります。また、社会的な変化としては空間軸・時間軸が広がり、世界中の国々・場所に対して私たちは一瞬でやり取りするということもできるようになりました。また、平均寿命が60年、70年、80年と延びてきて90年に近づいている中でやりたいこと、やれることが大変増えてきています。平均寿命の延びの裏側には少子高齢化という大きな問題、そしてそれについての社会保障の課題などもあります。それらとどのように関わっていくか、また、それと並行して起こる市場経済の変化などこれからの社会情勢に対応するために生活設計の重要性がより高まっているのです。

2019.9

2019.9

家庭科ではまず小中高の系統化ということが言われています。空間軸と時間軸という2つの軸で系統化を図っていますが、小学生の場合、空間軸は「自己と家庭」、中学生になると「地域」が加わり、高校生はさらに「社会」が加わります。一方の時間軸は、小学生は「これまでの生活と現在の生活」、中学生は「これからの生活」、高校生は「生涯を見通した生活」となります。

今までなかった中学生の「これからの生活」については、中学生にどこまでをこれからの生活として展望させるのか、という点があるかと思います。私は学習指導要領の高校の部分を作成するのに関わっておりましたが、そこでは中学生はおよそ5~10年先について考えさせる、例えば高校・大学などに進学しその先で何を学びたいのか、どのようなことに興味があるのか、就職してどんな仕事をするのかといった「近い将来の生活」を考えることになります。そして、高校生はさらに先の「生涯を見通した生活」を考えていくことになります。そのため、高校では学習する全ての項目に生涯を見通した視点が必要なのではないかということで、導入として生活設計が入ってきました。

学習指導要領のA「家庭生活と家族」に関して学ぶ場合、例えば保育に関して学ぶときには、中学生であれば地域のお兄さん・お姉さんとしての視点ですが、高校生であればお兄さん、お姉さんとして見る視点から「自分が子どもを育てる」という視点まで広がります。高齢者に関しては、「自分たちが介護をするかもしれない」「されるかもしれない」といった視点で学習を行ってほしいと思います。つまり、自分事にするということです。また、例えば介護に関する学習に食生活を関わらせるとしたら、高齢者の食事を考える場合に「介護状態になった人のためにどんなことができるか」、さらには「自分自身が病気などにならないようにするにはどうしたらよいのか」という視点も含めたような学習をし、「食べる」ことを通して最終的には自分の生き方を見直すことに繋がります。生活設計は、何のために何を学ぶのかを考えさせる授業のスタートとして重要であるということになります。

今回、学習指導要領の方向性が大きく変わりました。1番大きい変更点は「何ができるようになるか」という点です。そしてその次に「何を学ぶか」「どのように学ぶか」という点です。

2019.9

生活設計で「何ができるようになるか」というと、将来を見通した生活です。「何を学ぶか」は今まで教えていた内容に追加して社会情勢に対応した部分を盛り込んだ内容です。この内容を「どのように学ぶか」はやはりアクティブラーニング形式で学ぶということになります。先生方においては、学習指導要領の目標に向けてどう教えていくかが重要になります。

生徒だけではなく、実は先生である私たち一人ひとりにとっても生活設計は大事なことではないかと思います。老後の生活資金もその過ごし方によって一人ひとり異なります。どこに住むか、何をするかなどそれぞれの想いや考え方に合ったものを生活設計として考えなければならないとなると、やはり生徒に主体的に学ばせることが重要になってきます。ですから、人生にかかる3大費用を学ぶときに、それを覚えるだけでなく、自分はどれくらいかかるのかを考える必要があります。ただ、生徒にとっては漠然としており、人によって違うため、教員としてなかなか教えにくい部分もあると思います。そこで今日は、生徒の気持ちになって生活設計をしてみる、というところから始めていただきたいと思います。

2.実際に生活設計を行う

資料1としてお配りしているライフプラン表を使っていきます。今から20年間でどんなことが起きるかを考えてみましょう。

2019.9

実は私は今、先生方が相手なので何も言わずに「ライフプラン表を書いてください」と言いました。多少の説明をしても、まさに生徒はこの様な状態だと思います。皆さまがライフプラン表を書いている間、私は席を回って、様子を見させていただきました。私が「さあ、書いてください」と言ったときに、すぐに自分の年齢を書き始めた先生もいれば、1分以上違うことをやってから動き出す先生もいらっしゃいました。または、今後20年を書く時間でしたが、先に20年前のことを書いている先生もいらっしゃいました。「生徒の立場になって生活設計をやってみましょう」と言われても書けるものではないのだと私たち教員が感じておくことが大切です。

ではどうしたら生徒が生活設計を書けるのでしょうか。今度は過去20年間を振り返って、今までこんなライフイベントがあった、こんなハプニングがあったということを思い出して書いてみましょう。

先ほどに比べると、大学を卒業した、先生になった、家を買った、ケガをしてしまった、子どもが骨を折ったなど様々なことがあったと思います。隣の席の先生同士で、過去20年間の出来事のうち1つを取り上げて、1人1分程度でお話をしてください。

よくアクティブラーニングをやりましょうと言われますが、ただ話し合うだけがアクティブラーニングではありません。先ほどライフプラン表を書いていただいたときに、先生方はとても集中して作業していて、室内はしんとしていました。それは頭の中で自分に向けて行う「個」のアクティブラーニングの時間だと思います。家庭科の良いところは、答えが1つではないところです。例えば「家族は何人ですか」という質問では、1人でも2人でも3人でも、さらにペットが入って4人と1匹でも答えになります。どの様な答えでもちゃんとそれぞれの理由があります。この答えと理由を相手に伝えると、相手はそれを聞いてそういう答えもあるんだと考えを広げることが大切です。この様な流れの中で話せるという感覚を身につけていくことが、アクティブラーニングを行う上では、重要になるのではないかと思います。

今の話し合いの中で共感できること、20年間を振り返ってみたことによって「これは生徒に話せる」ということがあったら、それらを生徒に示すことで生徒にないリアリティの部分を作れると思います。「自分にこういうことがあった」という中で「自分に影響があった」「とても考えた」「生徒も興味を持ってくれそう」などということがあったら、それを「これが役立った」「これが困った」という気持ちを込めて伝えると、生徒も自分の将来の話として納得し、生活設計を考えてくれます。そういう話を先生自身も色々なところで見つけ、誰かに話して共感してもらうことで自信をつけていくと、授業で使えるのではないかと思います。

ここまでやっても、なかなかライフプラン表を書けない生徒はいると思います。生徒は「どうせ結婚しないし、今の家にずっと住めばよい」と言うかもしれません。しかし、50年後に今住んでいる家はどうなっているでしょうか。私たちの50年前はどうだったかを考えてみると、今と比べて不便な環境だったように思います。そのまま当時の家に住み続けていたら、不便なだけではなく、住めなくなっているかもしれません。だから、何も考えずに将来を迎えるのはまずいのではないか、何かしなくてはならないのではないかと考えるきっかけを作っていきます。

「親に面倒を見てもらう」と言われる場合には、いつか自分が親の面倒をみる時がくるでしょう。「将来、孫とのんびり暮らしたい」といっても、そのためには子どもを育てないといけません。今の生活が将来に繋がっていくので、今の自分と将来の自分を繋げるようなトピックを1つでも2つでも自分の経験や新聞記事などから見つけて生徒へ話せると、生活設計を具体化させるうえで良いのではないかと思います。先生方のトピックを通して、生徒にとって自分事にさせる、これが生活設計の第一歩だと思います。

資料2はライフプラン表を作成するにあたって、生徒に考えさせたいことをワークシートにしているものです。

2019.9

自分で考えることと生徒が保護者にインタビューをすることで、自分の○年後の将来像をイメージしてもらえるようにしています。自分事にして考えさせたいときにはインタビューという形式はとても良いと思います。その中で何かを生徒が感じてくれると思います。

それでもライフプランについて「何も考えたくない、長生きしなくて良い」という生徒もいるかもしれません。しかし、亡くなったとしてもその後が大変です。お葬式・お墓・一周忌など結構な手間とお金が掛かります。亡くなるということに対してもそれなりの準備・下調べは必要です。色々な生徒がいる中で、これらのやり取りを、教員とではなく、仲間と行うのが良いです。そのやり取りの中で生徒が気付けることがあるかもしれません。また、ずっと独身で生きていくという生徒は、社会に養ってもらうことになるので、社会保障のことはきちんと知っておく必要があります。自分が1人で何かできなくなったときに誰かに頼らなくてはならないという問題があるからです。様々な事例を足しながら、自分事としてもらうことがよいのではないかと思います。

自分事として考えてもらうということを大事にしながら、導入としての生活設計の授業のスタートしていただけたらと思います。

3.先生自身が生活設計の重要性・意義を理解する

2019.9

生活設計は作ってもらうことが目的ではありません。「今の自分がここまで生きてくるためにどれだけのことがあったのだろう」「これからの自分は家族に頼っていくのではなく、自分で何かを考えないといけない」「やりたいこと・目標を実現するにはどうしたら良いだろう」と考えることが目的です。また、「普通の生活を送っていても突然交通事故に遭うかもしれない」など、リスクについて考えることも含まれてきます。そういうときに、一般的なライフイベントや人の一生を知ることは現状把握として必要です。それらは、生命保険文化センターの冊子にも載っています。具体的なライフイベントにこれだけお金がかかるという平均的な金額を知り、その金額をもとに自分の進学・就職などについて考える中で、これからの自分に向けての準備をしていくこともできます。生活設計には、短期的・中期的・長期的なものがあるかと思いますが、それに向かって今できることは何だろうと考えることが大切なことなのかなと思います。

さらに想定外の出来事に対してどう考えるかという問題もあります。しかし、実際の授業では、資料などが載っていても私的保障の細かいところについてはなかなか話せません。一方、生徒によっては実際にケガなどで私的保障を活用した経験があるかもしれません。そのような中で、授業で触れること、資料が手元にあることによって、興味がある生徒はどのように備えたらよいかを知り、将来役に立つかもしれません。私たち教員ができることは、そういう情報の窓口を伝えること、そしてそれを一歩として生徒が深く考えてくれるようにさせることではないでしょうか。そのためには、私たち教員が生活設計の意義と重要性をしっかり理解することが大切です。

生徒が自分の人生を作るための第一歩として捉えてくれるような生活設計の授業ができたらと思います。