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教育の現場から
No.02

夏季セミナー公民科授業実践報告 「社会保障制度や民間保険に関する授業実践報告」

東京都立芦花高等学校 水野 雄人 先生

2020.10

今回の報告にあたって私自身よく感じている課題は、高校生全体の金融リテラシー、金銭的リテラシーの低さです。その中で、様々なリスクに経済的に備えていく方法を社会保障のテーマから授業実践しましたので、報告させていただきます。

本日の流れは、まず初めに自己紹介をさせていただき、続いて「家庭科と公民科での題材の扱い方の違い」に触れていきたいと思います。本日ご参加の先生方にお聞きしますが、他の科目の先生と連携した授業をした方はいらっしゃいますか。私は英語科の先生と一度SDGs(持続可能な開発目標)をテーマにタイアップして授業をしましたが、それ以外の科目の先生とはあまり機会がなく、今後検討していきたいと思っています。次に「公民科教育、特に社会保障に関する教育の授業の現状」をお話します。そして、本日のメインとなりますが、「授業実践例」をお伝えします。その中でいくつかご提案ができればと思います。

まずは自己紹介です。私は、東京都立芦花高校で公民科の教員をしています。芦花高校は東京都世田谷区にある単位制の普通高校で、女子が7割、男子が3割といった構成です。全生徒の7割が大学進学を目指す高校で、私は公民科目の担当と3年生の担任を持っています。創立18年目の新しい学校です。 さて、冒頭で思わぬリスクという話をしましたが、実は私は、今年11月に結婚式をする予定でした。今まで大きな病気をしたことがなかったので、生命保険等は考えてこなかったのですが、最近リスクの存在を痛感した出来事がありました。結婚式を予定していたのですが、新型コロナウイルス感染症の影響と熊本の豪雨災害によって、妻の親戚が出席できなくなってしまいました。そのため結婚式を延期することになり、キャンセル料が発生しました。私の認識が甘かったのですが、かなりの額になりました。後にこういったキャンセル料の請求に備えた保険があることを知り、身を持ってリスクに備える意義を感じました。

皆さんは、こんな話を知っていますか。あるスマホゲームに400万円以上課金した人がいるというニュースです。皆さんがこの話を授業で扱うとしたらどのようにしますか。他にも、アメリカであるスポーツ選手のトレーディングカードが2.8億円で落札されたというニュースがありました。このニュースを授業で扱うときはどのようにしますか。

今回の報告にあたって、同僚の家庭科教員に、最近の授業でどんな内容を扱ったか話を聞いてみたところ、「節税」について扱ったということでしたので、私たちの生活にも身近な「節税」について、家庭科と公民科ではそれぞれどのように扱っていくかを考えてみたいと思います。

同僚の家庭科教員が授業で取り上げたのは、扶養控除によって所得税が控除されるので、この仕組みを知っておくことが大事ということでした。もう一つは、学生のアルバイトの話で、一定ラインの所得を超えると扶養控除から外れてしまうので節税ではなくなる、と教えたとのことでした。このような教え方をしていると知り、家計に視点を置いたある意味ミクロ的な授業といえると感じました。その一方で、節税を行うことで政府の税収が減り、財政が厳しくなれば社会保障費が圧迫される、これは果たして社会全体にとって良いことなのだろうかという考え方もできると思います。

2020.10

同僚の家庭科教員が言っていたのは、家庭科では消費者として失敗しないように、家計やお金の使い方等を学習するということでした。ミクロ的な視点としての授業といえると思います。一方、公民科では世の中のお金がどう回って、どのように使われているかというマクロ的な視点から考えることが多いです。この二つの科目で連携し、生徒の金銭的リテラシーを向上させていくことが重要なのではないかと思います。

先ほどのスマホゲームへの課金の話に戻りますが、家庭科としては、家計という観点から見れば家計を圧迫するので、「そういった使い方は良くない」となりますが、公民科としては、社会全体の経済活動の観点から、企業の売上が増加すれば税収も増え、その分公共サービスや社会保障費などにも還元されるという見方もできるので、「良くない」とは言い切れない部分があると思います。

ここからは、公民科教育の現状と課題についてお話させていただきます。新教育課程では、現在の「現代社会」に代わり、「公共」という科目が新設されます。その公共の科目において、社会保障制度がどのような位置付けであるかというと、学習指導要領には、「社会保障制度の現状と課題などを医療・介護・年金などの保険制度において理解できるようにする」、「その在り方をめぐっては、高福祉・高負担か低福祉・低負担かなどの観点から考える」、「貯蓄や民間保険などにも触れ、自助・共助・公助が適切に組み合わせられるためにするにはどうすればよいかを考える」といったことが書かれています。ここで言えるのは、社会保障制度の中心が社会保険であること、そして高福祉・高負担、低福祉・低負担、どのようなあり方が望ましいかをグループワークなどで話し合うことです。そして、民間保険という言葉も出てきており、自助・共助・公助について、この言葉は防災教育でよく使われる言葉ですが、公民科における社会保障においても、その適切な組み合わせについて考えさせる必要があります。公民科では現状、共助に重きを置くことが多くなっていますが、今後、自助をどう組み込んでいくかが重要になります。

続いて政治・経済の授業でも、公共と同様に自助・共助・公助という言葉が出てきており、民間保険についても取り扱うことになっています。「持続可能な」という言葉もでてきますが、現役世代と将来世代の世代間格差についても考えていくことになります。また、民間の生命保険の役割について調べ、論述できるようにするとの記載もあります。

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その中で、私の学校の公民科授業の現状をお伝えすると、現代社会で社会保障の話をする時間はほぼないのが現状です。政治分野の話が中心となってしまい、経済分野の社会保障を扱う時間がないのです。ではどこで社会保障について触れるかというと、政治・経済の方で、確保できて2?3時間といったところです。公民科目は2単位ですが、その2単位の授業の中で社会保障について教えたいことをどう絞り込むかが難しいと感じています。多くの生徒が四年制大学に進学する高校では、受験で必要な知識を扱わざるえないこともあり、なかなか難しいです。特に今年度は新型コロナウイルス感染症の影響で授業時間自体も減っており、そういった中でどのように授業内容を確保し、アクティブラーニングといった主体的な学びを取り入れていくかが課題です。

公民科の社会保障の内容として教えなければならないことは、ざっと挙げると、社会保障の歴史(疾病保険法、ベバリッジ報告)、社会保障の4つの柱(社会保険、公的扶助など)、年金制度(積立方式・賦課方式、騎馬戦型・肩車型)、国民負担率(高福祉・高負担、低福祉・低負担)などです。これらは大学入試でも頻出の分野となっています。従来のセンター試験に代わって今年度から始まる共通テストの試行調査でも、大問一つがまるまる社会保障に関する問題でした。

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ここまでの話をまとめますと、課題としては、1つ目は、「時間がとれない中でどのように公民科と家庭科で連携していくか」ということです。家庭科ではやはり被服や調理等に時間を取りたいという声もあります。公民科においても政治分野、経済分野、国際分野のウェイトが大きいため難しいという現状があります。2つ目は「主体的な学びにするにはどうすればよいか」ということ。3つ目は、「高校生がリスクを自分事として捉えることの難しさ」です。4つ目は、「生徒によってはメディアの影響による先入観や偏った価値観を持っている」ということです。自分のクラスの生徒に社会保障のイメージを聞いてみました。すると、年金が足りるのか、増税があるのかといった声や、中には、高齢者が得して若者が損をするのではないか、といった少なからず偏った認識を持っている生徒がいるのも事実です。

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ここからは、私が授業で実際に使用した導入、展開、まとめのパターンを紹介します。 導入として、例えば天気予報で、「明日は雨の確率が40%です」という予報が出ているときに、あなたは傘を持っていきますか?それとも持っていかないですか?ということを生徒に聞きます。その上で、理由を含めて簡単にペアワークをさせます。

どのような話につなげるかというと、私たちの人生には、病気、障害、失業、死亡など様々なリスクが潜んでいます。このようなリスクに対して、個人で備えることも重要だけど、社会全体で助け合い、支えようとする仕組みが社会保障制度だよということを話します。先ほどの雨の例は、自分が傘を持って行けば対処できるので、そんなに大きなリスクではないですが、人生にはもっと大きなリスクがあって、それを社会全体で支えようとするのが社会保障だということを伝えています。

他にも、クイズなどを用意しました。この中で実際にある保険はどれでしょう、といったことを紹介します。例えばお天気保険といって登山等が中止になった場合に保障する保険があったり、初デート保険や幽霊保険といった変わり種もあります。また、自分自身が体験した結婚式のキャンセルに備えた保険のエピソードを交えたりしました。こういったクイズの後に、個人の力だけで備えるには限界がある、各々が必要に応じて保険に加入する必要があるということを伝えています。また、生命保険と損害保険を混同している生徒が多いので、取り扱える保険の種類に違いがあることを伝えています。

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他には、スライドを用意して、自分が望ましいと思う社会保障制度と、今の日本の社会保障制度の位置にシールを貼らせます。そうすると、意外ではありますが、結構な数の生徒が高福祉・高負担型の国に憧れを抱いているようで、高負担でも良いから高福祉が良いと、図表の右上にシールを貼ります。しかし、実際に今の日本の制度がどこであるかを示すと、生徒は驚きます。「先生、日本って低福祉・高負担じゃないんですか?」と言ったりする生徒もいて、なかなか実感を持てていないようです。実際の日本の社会保障制度は、低負担で高福祉寄りですが、低負担でも高福祉を維持するために国債を発行しており、将来世代がその負担を担う、ということを話しています。

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その後、展開として、まず社会保障の「4つの柱」を話します。知識がないままワークをやっても難しいので、まずはこの4つの柱をしっかり理解させる必要があります。
次に、社会保障の4つの柱の中心である社会保険についてやっていきます。この社会保険は、いわゆる「共助」と呼ばれる部分なんだよということを強調していくことが大事かと思います。

そして、最後のセーフティーネットである公的扶助について、これがいわゆる「公助」であるということを教えます。そして、「自助」についても触れていきます。「共助」や「公助」といった、国などが助けるもしくはみんなで支えあうシステムがありつつも、やはり自分で貯蓄をしたり、民間保険に入ったりする「自助」も重要だよという話をしていきます。自助の部分では、生命保険と損害保険の違いについて教えたり、年齢によって保険料が違うことや、保険加入を義務化する自治体も増えている自転車保険は損害保険だということにも触れています。

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最後は、自助・共助・公助を適切に組み合わせることが大切だということを伝えて締めくくります。

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次に、ペアワーク・グループワークに入っていきます。例えば、ケースとして、「クラス全員を乗せた船が沈没して救命ボートで漂流していたら2つの島を見つけた。2つの島は考え方が違うが、生き延びるためにはどちらかの国に入らなければいけない。」これを考えさせます。

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A国には公的な医療保険がないので、民間保険に入るしかないが、加入は自由。これに加入し保険料を支払えば、病気やケガの時の経済的負担を軽くできる。一方、B国は公的医療制度があり、全員が加入するが、消費税が25%課される、ただし、19歳未満の医療費は無料、といったケースを考えさせます。最初に個人で2?3分考えさせて、その後5分程度でグループワークをさせています。ワークが終わった後に、A国は低福祉・低負担の国、B国は高福祉・高負担の国だと教えます。A国に代表されるのはアメリカ、B国に代表されるのは北欧諸国などです。では、まずA国にどんなことが起こるかというと、所得の少ない人たちは保険に加入できない。すると医療費が非常に高額になってしまうので、病院に行けなくなり、生活習慣病大国になってしまった。こんなことを話してあげると良いかと思います。実際にこういった課題を懸念したアメリカのオバマ前大統領が「オバマケア」という医療保険制度改革を実施したが、トランプ大統領に代わってからは方針転換した、といった背景も説明していきます。

次にB国の例では、25%の消費税を負担できますか?と問いかけます。日本ではこれまで何度か消費税を上げてきていますが、その度に世論の反発があるのに、25%という高い消費税を国民が許すかといった問題があります。ここはディベートをやらせても面白いテーマだと思います。

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他にも、望ましい負担の在り方について、このスライドのように円を4つ用意して、アメリカに代表されるような「市場依存型」、北欧諸国などの「政府依存型」、今の日本に近い「家族依存型」、望ましい形はどれかを考えさせ、書かせるといったことも行いました。

その次に、日本の現状とこれからということですが、この中で押さえたいのが国民負担率です。日本の現状を見てみると社会保障費が今後ますます増えていくことが想定されます。特に一番深刻なのは金額的にも多い年金・医療ですが、団塊の世代が全員後期高齢者(75歳)になる「2025年問題」があるいうことを伝えます。さらに、2040年になると1.5人の現役世代で高齢者を支える、85歳以上の高齢者が全人口の3割に達するといった事象が起きると言われています。その中で、公助や共助だけで様々なリスクに対処しきれるのかということを考えさせます。

生徒に「今の平均寿命は何歳くらいだと思う?」と聞くと、大体70歳とか80歳という答えが返ってきますが、健康寿命と平均寿命は違うということを教えています。健康寿命と平均寿命には男性で約9年、女性で約12年の差があるので、今後、将来世代の負担が増えると考えられる中で、この差を共助や公助のみで賄えるのか、自助の大切さも伝えるようにしています。

年金の資金調達のあり方については、積立方式と賦課方式があって、日本は賦課方式に近いシステムを採用しています。ここまでは教科書でも書いてある話で、今までは「積立方式とは何ですか?」、といった問題が多かったですが、新傾向の問題を見ていると、今後の設問としては、「双方のメリット・デメリットを考えなさい」といったような問題が増えていくのではないかと考えています。

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最後にまとめです。再びA国・B国の話を持ってきます。設問は「2つの国のどちらかに入国しなければならない。A国は国民の半分が年収900万円で半分が年収100万円、B国は全員が年収400万円」です。どちらの国に住みたいかを考えさせ、ペアワークもしくはグループワークで理由を述べさせます。私の学校では7:3でB国と答える生徒が多かったです。発表する際は、2国を選ぶ際の「基準」は何だったのか聞くようにしています。

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ある生徒は、合計収入を計算するとA国の方が大きく、A国の方が国として経済的に豊かだからA国を選んだと答えました。また、年収の平均値で見て、A国は500万、B国は400万なのでA国の方が良いと答えた生徒もいます。平等の観点から、年収がみんな同じであれば争いも少なくなくて平和だからB国が良いといった回答もありました。

ここで話をA国の方に戻して、どうすればみんなが幸せに暮らせるのか、といった話をします。「例えば年収100万円の人が病気や生活苦で困ってしまったときに、年収900万円の人のところに行って、お金をもらうことってできると思う?」と聞きます。すると、生徒は、当然ですが、「見ず知らずの人にお金をあげるなんてできない。」と答えます。ではどうすれば、こういうことができるようになるのか。年収900万円の人が年収100万円の人に400万円移譲することができれば、500万円―500万円になり、結果的に経済的に豊かになることができます。

では、そういうシステムが今の日本にあるのかというと、日本には累進課税制度と社会保障というシステムがあり、所得の高い人が高率の税金を納め、これを社会保障、例えば年金や生活保護に移譲する、このことを「所得の再分配」と呼んでいるんだといった話をします。

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このような社会保障制度が整っていればみんなで助け合うことができるよね、そしてこれは人々の幸せにも影響するよねと伝えています。

そして、元々社会保障を扱う単元の分野は経済です。では、経済という言葉の語源はどこから来ているかというと、「経世済民」という中国の古語から来ています。この意味は、世を經(おさ)め、民を濟(すく)うという意味で、社会保障や経済は、みんなの幸せのために、人を救うためにあるんだ、と締めくくるようにしています。

本日の報告が皆様の参考になれば幸いです。ご清聴ありがとうございました。