夏季セミナー基調講演「 ICTを用いたアクティブ・ラーニングの可能性 〜協働とICTによる消費者市民社会〜」
<目次>
- ICTを用いた授業とは
- 学校におけるオンライン授業(岐阜県立高校の場合)
- 通常授業でのICT利用
消費者市民社会を実現する生徒の育成を目指す高校家庭科の授業実践
〜協働による思考の変容の可能性〜 - ICTを用いた授業のこれからの可能性
ICTを用いた授業とは
●ICTとは
ICTとは情報通信技術を意味する「Information and Communication Technology」の略です。PC(パソコン)やスマートフォン(以下、スマホ)などのコンピュータを使った情報処理や通信技術の総称で、以前から使われていた用語「IT(情報技術)」に、「コミュニケーション」が加わっています。つまり、PCやスマホを本人が使うだけではなく、それらによってコミュニケーションをする、情報や知識を共有できる技術だということです。教育現場では、PCやタブレットを使って交流したり、不登校の生徒が自宅で学習するなどの利用法があります。
●アクティブ・ラーニング
中・高の先生方には改めて紹介するまでもないとは思いますが、教員による一方向的な講義ではなく、生徒自身が体験学習やグループ・ワーク、ディスカッションなど学習への能動的な参加を取り入れた教授・学習方法です。
●日本はICT後進国
経済協力開発機構(OECD)の調査(2018年)によると、日本は、学校教育現場でのデジタル機器の活用度が加盟国中最下位となっています。実際にコロナ禍のような事態になってみて、オンライン授業がうまくいかないなどの混乱もみられました。自治体や省庁では今も基本的に会議は対面で行うようで、セキュリティなどの課題があるとはいえ、まだそのような段階だということです。
●ICTを用いた授業
学校では、まず通常の授業の中でツールとして使うことが挙げられます。また、今回のコロナ禍のような状況下や、不登校や病気等で生徒が登校できない場合の遠隔授業にも使うことができます。
学校におけるオンライン授業(岐阜県立高校の場合)
- 岐阜県では、令和元年度に全県立高校において、すべての普通教室と一部の特別教室に電子黒板機能付き短焦点プロジェクタ、実物投影機、無線LANアクセスポイント、指導者用タブレット型ノートPC、ホワイトボードの貼り替え、学習者用タブレット型ノートPC(2021年3月末までに1人1台貸与)を配備しました。
- リーダー研修、授業力向上推進プロジェクトを実施しました。
- BYOD(Bring your own device)、個人所有の情報通信端末を学校に持ち込みインターネットにつなぐことを可能としました。
- わからないことが発生したときのICT相談窓口を設置し、教員研修も充実しました。
●何ができるか
1. 実物投影機の利用
教科書、資料、ノートなど「実物」を大きくホワイトボードに映写して共有できる、教師も生徒もホワイトボードに直接書き込めるという便利さがあります。家庭科の裁縫などでは手元を撮ることで模範が示せます。
2.パソコンの利用
ホワイトボードに映写して、書き込みながら説明できるという利点があります。
3.学習者用端末の利用
グループ学習や発表に使い、成果をそのままホワイトボードに映写して全員で共有できます。
4.アプリの利用
例えば「Microsoft Forms」では、アンケートやテストの集計結果が瞬時に表示でき、授業で効果的に使うことができます。
●コロナ禍でのオンライン授業の実施率
2020年3月2日に小・中・高等学校が一斉休校となったことに関連して、文部科学省では公立学校における学習指導の取組状況(2020年4月16日現在)について調査を行いました(下表)。これによると、双方向のオンライン指導が行われていた学校はわずか5%でした。紙の教材を活用した学校は100%ということですが、特に小学校ではオンライン授業が難しいためプリントなどを生徒の家庭に配ることが多かったようです。
また、東京23区調査(ハフポスト日本版)では、双方向のオンライン授業を実施したのは港区のみということでした。
「新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した公立学校における学習指導等の取組状況について」
次に旺文社が行ったコロナ禍下のオンライン対応についての調査結果をみてみます(下図)。
休校に伴いオンライン化に取り組んでいるかについては、半数以上の学校が「休校後に実施」となっています。「予定なし」の学校が15%あるというのは気になるところです。
オンラインを実施している場面は、課題配信・提出が90%でした。授業や生徒面談に取り入れている学校も多いようです。
準備にかかる時間は、2時間から3時間が多く、4時間以上も4分の1以上あります。
課題としては、やはりネット環境と教員のスキルが挙げられるようです。
●学習用端末の調達状況
次に、政府が2020年度中に全小中学生分を配備するとした学習用端末の調達状況です。日本経済新聞が7月、東京23区と道府県庁所在市・政令市の計74自治体に尋ねたところ、端末を活用する際の制約で最も多かったのは「教員のスキルが不足している」で、全体の6割にあたる44自治体に上りました(複数回答)。
端末を活用した授業の内容については、「これから検討」と回答したところが多く、インターネットに接続できる環境にある学校は8割弱でした。また、高速大容量の通信が可能な学校は半数(36自治体)にとどまりました。無線ルーターの貸し出し予定は5割弱でした。
私たちの大学でも端末が足りないため急遽、教員の使っていないPCやタブレットを供出することになりましたが、配備完了前に再休校した場合の対応としては、「私物を活用」が60%近くに上り、多くの学校が試行錯誤しながら取り組んでいることがわかります。
●オンライン授業の種類
オンライン授業には「録画版」と「ライブ配信」があります。
録画版(オンデマンド)
簡単な方法としては、PowerPointの録音機能を使って音声を入れる方法があります。ただしPowerPointのバージョンが古いと対応していないのでご注意ください※1。また、多くの先生が授業風景を録画されていたかと思います。PowerPointや録画した授業はYouTubeなどを使ってインターネット配信できます。
録画版の良い点は、好きな時に学習できること、繰り返し視聴できることです。
悪い点は、双方向のコミュニケーションができない、質問できない、監視下にないので生徒がやっているかどうか分からない、そして授業風景を録画する場合は自分以外の人のサポートが必要な場合が多いことなどが挙げられます。
※1:PowerPoint for Microsoft 365、PowerPoint for Microsoft 365 for Mac、PowerPoint for the web、PowerPoint 2019、PowerPoint 2019 for Mac、PowerPoint 2016、PowerPoint 2013、PowerPoint 2010、PowerPoint 2016 for Macに対応
ライブ配信(生放送リアルタイム)
本講演のようにZoomなどの会議アプリを使って配信する方法です。
良い点としては、大人数でもお互いの顔を確認できる、質疑応答もできる (チャット機能も使える)こと、悪い点は、通信状態の安定性に左右されやすいことです。大人数が一度に利用すると不安定になることもあり、大学でも最初の頃は90分講義のうち30分は通信状態の確認に追われたという話を聞きました。
●オンライン授業の特徴
- 多くの人が授業を受けられ、場所や時間の制約がなく、コストもあまりかからないことが大きいと思います。
- 通信環境や機器に影響されることがあります。
- 長時間の利用によって目・肩・首などの疲労といった健康被害が懸念されます。
- オンラインでは実験などの実践は難しく、調理実習をやめた事例も多いと聞きます。
- 対面式より時間が短くなることも特徴の一つです。大学の講義でも90分をオンラインで行うことは難しいため長くても40分程度です。
- 資料作成に時間がかかる、昼夜を問わずいつでも質問が来る、添削に時間がかかるといったこともあります。
●オンライン授業の実践例(高等学校)
2020年7月、岐阜県立特別支援高校に向けて行ったオンライン授業「お金の働き、キャッシュレス、買物トラブルについて学ぼう!」(50分)について紹介します。
PowerPointに音声を入れたものを使って、1クラス10人ずつ、6クラスに分かれて同時に開講しました。
資料として、音声を録音したPowerPointを収めたDVDと、生徒が書き込める学習シートを用意しました。インターネットで配信する場合は、PowerPointファイルをビデオ形式で保存するエクスポート機能が便利です。
使用した機器は学校内のもので、Cisco Webexのテレビ会議システムを使い、私は遠隔参加しました。
授業では、最初にPowerPointを流してもらい、問いかけをしている箇所で各クラスの先生にPowerPointの進行を止めて生徒に問いかけをしてもらうという協働の形をとりました。最後にテレビ会議で私が全員に話しかけ、授業のまとめを行って終了しました。
協働でやることはとても大事です。先生方は板書が上手なので、生徒の意見を聞きながらホワイトボードに素早くまとめてもらうことで生徒たちにもポイントがわかりやすくなったかと思います。
最初に通信状況がうまくいかず、調整に10分ほどかかりました。PowerPoint教材をすべて流すと時間がオーバーしてしまうため、先生と相談して部分的にカットし対応しました。
こうした実践は初めての試みでしたが、思っていたよりうまくいったのではないかと思います。
教室の状況
ホワイトボードにテレビ会議の画面が映っています。横に書かれているのは先生の板書。
大藪氏のPC画面
PowerPointを流していたので、双方がそれを聴いている状態。
●小・中学校の例(GIGAスクール構想:Global and Innovation Gateway for all)
岐阜県はとても広く、児童生徒全員に端末を配布していたのは42市町村のうち山間部の加茂郡東白川村、大野郡白川村の2つのみでした。そこでは2015年から1人に1台iPadを使って遠隔地の人との交流や調べ学習などをして慣れていたため、休校が始まった数日後にはオンラインでの朝の会、リアルタイムの双方向型授業を実践できたということです。白川郷で有名な白川村では2月に観光客の新型コロナ感染が判明したことによりオンライン授業の準備を進めてきました。小学1年生には担任教諭が週3回訪問して指導をしてきたそうです。このため病気の生徒の授業参加や、7月の豪雨による休校中のオンライン授業にも対応できたとのことです。
●岐阜大学でのシステム
岐阜大学ではMicrosoft Office365の機能であるMicrosoft StremsにビデオやPowerPointファイルを保存できるようになっています。他の大学では他にe-ラーニング用プラットフォーム「Moodle」も使われているようです。
私は書家の家に生まれ、書道もやっているのですが、大学でも書道を教えています。オンラインで書道を教えるのはとても大変でしたが、自粛で家にいることが多い学生にとって書は気持ちを落ち着かせるのに適していたようで好評でした。写メで送ってもらっていました。
通常授業でのICT利用
消費者市民社会を実現する生徒の育成を目指す高校家庭科の授業実践
〜協働による思考の変容の可能性〜
ここからは、2019年に高校・大学の教員が協働で行った高校家庭科の授業実践について紹介します。
●高等学校家庭科(平成30年7月告示)
高等学校家庭科は「家庭基礎(2単位)」と「家庭総合(4単位)」の2科目があり、①家族・家庭及び福祉、②衣食住、③消費生活・環境、④ホームプロジェクトの4単元に分かれています。このうち③消費生活・環境を対象としました。
●研究のねらい
「消費生活・環境」単元のねらいは、持続可能な社会を構築する実践的態度を養うこと、消費者市民社会の担い手となる態度を養うことです。
高校生のスマホ所持率は97%、キャッシュレス決済の普及という状況のもと、悪質商法の被害に遭う若者や、多重債務や自己破産の問題は増加しています。被害に遭う若者のほとんどは、スマホからであると言っても過言ではないと思います。ですが、スマホを上手に利用すればこんなことができるという提案をやってみたいと思いました。新学習指導要領でも、情報に対し主体的に判断し責任もって行動できる消費者教育の重要性が述べられています。
そこで、単元後の目指す生徒の姿を「意思と行動力を持った消費者市民」と設定しました。また、単元を貫く問いとして「自立した消費者とはどのような存在か?」を設定しました。
●単元計画
スマホと消費生活を軸に捉え、次のような単元計画を立てました。
1 ライフプランと資金計画(スマホ版人生設計ゲーム)
2 家計構造とキャッシュレス社会でのお金の管理
3 貯蓄・負債とお金の管理〜大学の費用と奨学金〜
4 契約と消費者被害救済
5 消費者契約法と消費者市民社会
6 環境と公正を考えた消費
本授業では高校の先生方と大学教員、弁護士が協働し、「3 貯蓄・負債とお金の管理~大学の費用と奨学金~」と「4 契約と消費者被害救済」では弁護士に実例を交えお話しいただきました。
●実態調査
授業開始にあたり、高校生の「消費生活の情報に対する能力」の実態を調査するアンケートを行いました。その結果、情報を主体的に収集・蓄積・活用・発信していると思われる生徒は50%程度であり、消費生活に対して受け身の姿勢が浮き彫りになりました。
授業開始前のアンケート
「自立した消費者とはどのような存在か?」を自由記述式で答える問いでは、
• 自分にとって必要な情報を適切に判断する人
• AIも活用しながら、自分の意思で適切な行動ができる人
• 契約についてよく知っている人
という意見が出ました。
●授業実践
授業は次のような日程、体制で行いました。
日程:2019年9月30日~11月30日
対象:岐阜県立高校1年生7クラス(40人×7クラス=280人×6時間=1680人)
科目:家庭科(60分授業制)の6時間分
教科書:「新家庭基礎21」(実教出版)第5章「消費社会を生きる」
協働:高校教員、大学教員、弁護士(5名)、大学院生、学部生
●1限目(導入)「ライフプランと資金計画(スマホ版人生設計ゲーム)」
導入に行った人生設計ゲームは、元は紙のゲームだったものを今後の活用を考えてスマホ用アプリにしたものです。紙でやっているときは計算に時間がかかるので授業は2コマ必要でしたが、アプリにすると50分の授業でも終了できるようになりました。
このゲームの良いところの一つに、ゲーム終了後に参加者が感想やコメントを入れることができる点があります。他の参加者のコメントを閲覧でき、それに対し、例えば「ここで家を購入したほうがよかったのでは」などの再コメントを入れることもできます。この部分がアクティブラーニングで、離れた場所にいてもお互いがコメントし合うことでコミュニケーションがとれ、学び合いができるようになっています。
研究授業では、ライフプランに関する情報を事前に提供されたか否かで人生設計ゲームの結果にどのような違いが出るかについても調べました。情報素材として、生命保険文化センターが作成している『君とみらいとライフプラン』というワーク&データ集を使いました。最新のデータが豊富で、教師用にはPowerPointのプレゼンテーション形式になっているため授業ですぐに使うことができます。
(出典:生命保険文化センター 50分授業セット「生活設計とリスクへの備え」)
(出典:生命保険文化センター 「君とみらいとライフプラン」PowerPointデータ)
●ゲームの構成
人生設計ゲームは、結婚や働き方、子どもの教育など、人生の大きなイベントを選択することを通して、自分の生き方やお金の使い方について考えるゲームです。
結婚、年収の決定、選択可能なライフイベント、選択不可能なライフイベントを経験しながら、20代から寿命まで、ページを移動しながら進みます。人生が過去に戻ることができないようにゲームでもページを移動した後に戻ることはできません。
選択不可能なライフイベント、つまり地震など人生でいつ起きるか分からない「もしもの出来事」は、10年に1度、ルーレットを回して決定します。このルーレットでは生徒たちもおおいに盛り上がります。選択不可能なイベントに対し、「保険」に入っている場合は300万円までカバーできるようになっています。
結婚はしてもしなくても良いようになっていますが、1度だけで、離婚の選択はありません。年収は働き方によって変わります。出産は、結婚を選択した場合に限り20代から40代までの10年ごとに1人ずつ可能です。したがって最多で3人の子どもが持てるようになっています。教育費や住宅、車の所有、娯楽についてもそれぞれ選択するようになっています。
●ゲーム結果
ゲームを終えると、下のような画面が出てきます。資産残高によって人生のステータスが決まり、年代ごとの収支の推移や、支出の状況、資産の増え方などが確認できます。このゲームでは収入のレベルを公務員程度に設定しているため共働きをすると残高はかなりの金額になるのですが、それでも「やり直し人生」や「ギリギリ人生」になる生徒がいました。
また、最初に情報を提供してからゲームを行ったクラスでは、説明を参考にしたと答えた割合は93.2%になりました。やはり情報の効果はあったといえます。予め情報を知っていたほうが「やり直し人生」になる人が少ないという結果になりました。
●コメントの入力
ゲーム結果画面の下部にコメント欄があり、最後に「ゲームを振り返ってのコメント」を各自が書き込みます。他の人の書き込みも閲覧でき、コメントに対するコメントも書き込むことができます。生徒どうしが楽しみながらコミュニケーションすることで、学びが深まっていきます。
●2限目 家計構造とキャッシュレス社会におけるお金の管理(大学教員との協働)
2限目は、まずキャッシュレス社会についてのビデオを視聴し、海外の進んだキャッシュレス化の現状を理解しました。その後キャッシュレス社会のメリット・デメリットを考え、どのようにお金を管理したらよいかを考えました。
●3限目 貯蓄・負債とお金の管理(弁護士との協働)
3限目は大学進学にかかる費用をどのように準備したらよいかを考え、奨学金返済と多重債務について弁護士が説明しました。今は成年年齢の引き下げに伴う問題について学校で話したいと考えている弁護士さんが多いので、都道府県の弁護士会を通じて授業参加を依頼できるのではないかと思います。
●4限目 契約と消費者被害救済(弁護士との協働)
契約とは何か、消費者被害救済の方法について学んだ後、実際に起った被害の事例について、解決方法をグループで考えて発表し、解説を弁護士が行いました。事例は国民生活センターの相談事例を引用しています。
金融や契約について専門的な知識が必要な質問が生徒からきた場合も弁護士さんが詳しく説明してくれるので、協働の意味は大きいと感じました。
●5限目 消費者契約法と消費者市民社会(ICTの活用)
消費者契約法は教えにくいという声をよく聞きます。研究授業では、アイドルグループのファンクラブに関する団体訴訟の事例から、「消費者の行動」が大事であることを学習しました。
この場合はどう対処する?
Sさんのお姉さんは18歳。あるアイドルグループのファンで、ファンクラブに入会した。会員になるには、入会金3000円、年会費5000円が必要で、お姉さんのお小遣いでは払えない金額だったが、親を説得して費用を出してもらった。
お姉さんは、メンバーのなかでもAの大ファンだった。しかし、ファンクラブに入会してすぐにAがグループを脱退することになった。お姉さんは大好きなAがいるからファンクラブに入会したのであって、Aがいなくなるならファンクラブを脱会したいと思った。入会してすぐだったので、かかった費用8000円を返金してもらいたかったが、ファンクラブ会員規約には、たくさん書いてある規約事項の中に小さい字で「いかなる理由があっても、一切返金には応じられません。また、退会処分とされた会員は、損害賠償等の一切の権利行使ができません」と書かれていた。お姉さんは、規約の書き方がわかりづらく、自分もあまり詳しく読んでいなかったので、自分も悪いと思ったが、「Aの脱退は事務所の都合でしょ!」とも思ったので、返金してもらえないことに納得ができない。
授業では、トラブルの事例から、自分ならどうするかを考えました。アンケートフォーム(Microsoft Forms)を使ってクラスの意見を確認すると、「あきらめる」と答えた生徒が52%いました。
資料として、岐阜県が作成し全高校生に配付している資料集『おっと落とし穴』を活用し、資料集から何ができるかを考えさせました。資料集には「契約が無効となる条項」が記載されていて、ここを見つけられるかがポイントになります。
前述の事例は実際にあったことを元にしています。実際には、タレント事務所が返金しないことに「おかしい」と感じた消費者が消費生活センターに相談したことから会員間に広がり、消費者被害防止ネットワークから事務所へ是正を申し入れたことで規約が改定されました。
この話を聞いた生徒たちは「私たちが声を上げることで変わるんだ」と驚きました。授業終了後に行ったアンケートでは、「あきらめる」が3%に減り、「その他(消費者生活センターに相談するなど)」が77%に増加。意識の変容がみられました。自分たちが意見を言うことで社会を変えていく、消費者契約法から消費者市民社会について学べるとても良い例だと考えています。
●6限目 環境と公正を考えた消費(社会科との協働)
買い物が環境や社会情勢に影響を与えるという、新しい視点に生徒たちが気付く授業です。各自が購入したチョコレートを持ち寄り、どんな視点で買ってきたか交流を行いました。
また、さまざまなチョコレートについて、買い物の視点「おいしさ」「経済性」「見た目」の他にもう一つ「環境への影響」という視点を加えた4つの面からメーカーごとに評価をしました。
社会科と家庭科は、同じような内容を取り扱いますがベクトルが違います。社会科は社会の視点、家庭科は生活の視点から見ています。協働すると、限られた授業時間の中で、同じテーマを例えば制度については社会科で、というふうに分担することもできます。今回は、先に社会科でフェアトレードとは何か、フェアトレードの課題などを学んでいました。その後でチョコレート選びの実践を行うという構成になっていました。
●まとめと今後の課題
授業終了後、授業前に行ったアンケートを再びとった結果、情報収集力は上がり、知識もついたことがわかりました。
授業実践を通して感じたことを以下にまとめます。
- 73%は現状把握がよくできている
- 67%は価値の内面化、自己創造まで進んでいる
- 理解もできない、実践にもつなげられない生徒は少ない
- 人生設計ゲーム、キャッシュレス、買い物の授業では自己創造が高いが、貯蓄と負債、消費者被害、消費者市民社会の授業では価値の内面化、自己創造まで進むのは難しい
- 自分の実生活に近いものほど、理解と実践までがつながりやすいが、自分の実生活に遠いものほど、理解はできてもそれが実践にはつながりにくい
- 今後は、より実生活と遠い事柄を自分事として結びつけて考えられるようにできる工夫が必要
●授業終了後の生徒の意識の変化
事前に行った「自立した消費者とはどのような存在か」という問いに対する答えは、
- 自分にとって必要な情報を適切に判断する人
- AIも活用しながら、自分の意思で適切な行動ができる人
- 契約についてよく知っている人
- でしたが、授業終了後に同じ問いかけをしたところ、
- 消費者問題の解決に向けて行動できる人
- 自分の意思で自ら行動できる人
- 消費者の権利と責任を自覚して、消費行動ができる人
- 法律に基づいて適切な判断ができる人
- 情報を取捨選択でき、問題に対して声を上げ、行動することができる人
- 暮らしやすい社会を作ることができる人
というふうに、「自分」から「社会」へと視点が広がっていました。
しかし同時に、実際の行動に結びつけるまでには至っていない領域が残りました。チョコレート選びでも、フェアトレードについて学んでいたにもかかわらず「安い」「おいしい」という視点がほとんどでした。環境にやさしい商品は価格が高めだったりすることが多いので、実際の生活での実践の難しさを感じておられる先生も多いのではないかと思います。私自身も、安価なプラスチック製か、値段は高いが環境にやさしい素材にするか、日々悩みます。
それでも、意識がすべて行動に結びつかないといけないわけではありません。まずは意識を変え、行動変容にいかに結びつけていくかが今後の課題となります。
ICTを用いた授業のこれからの可能性
- DVDを複数準備することで、同時期に複数教室での利用が可能
- 何度でも聞き直せる。教師が事後に足りなかったところを復習しながら授業ができる
- 参加できなかった人も後日、勉強できる。あるいは病気等の場合でもリモートで参加できる
- Webテレビ会議システム(Zoom、Webex、Teams、Meet等)を利用すれば、リアルタイムでも授業・質疑応答が可能
- 感染症予防になる
- PowerPoint+音声録音なら簡単で誰でも作成でき、再生もできる
- インターネットの動画共有サービス(YouTubeなど)にアップすればスマホでも視聴できる
これからはICTの活用機会がさらに増えてくると思われます。最初はわからないことだらけでしたが、やっていくうちに面白さにも気付くことができました。
ただ、多忙な先生方に一人で資料の作成から全部、というのは難しいのではないかとも思います。基本となる資料などが提供されて、+αを個人でという対応になれば先生方の負担も軽くなるでしょう。
●今後のICTを用いたアクティブラーニングのあり方+協働
1.ICTの利用
- 教育委員会や国で基本的な部分を作成
- 市や県等で共有、共通のものを作成
- 対面だけ、オンラインだけではなく、両方を常にうまく使って慣れておく
- 個人の労力(善意)のみに頼らない(美談ではない)
- オンラインという視点と、対面授業でのICT利用の両方
2.アクティブラーニングの拡がり
- オンライン中での意見交換に慣れておく
- 書いた感想の共有も可能
3.協働の利用
- 苦手な部分を全部任せる出前授業ではなく、協働で授業構成する
対面だけ、オンラインだけではなく、両方をうまく活用し、平時から慣れておくことも大事ですし、個人の負担軽減についても考えていく必要があると思います。また、誰にでも苦手な部分はあると思いますし、その部分は出前授業を大学教員や企業等に頼むという方法があります。ただ、生徒とのやり取りや板書など、教員の方々のほうがはるかに秀でていることも多いので、すべてを任せるのではなく、ぜひ協働で行う授業構成にすることをお勧めします。
●最後に 〜新型コロナで激変した教育現場〜
私たちは新型コロナの経験として、教育の原点とあり方について学校、家庭、地域全体で考えて取り組むことの大切さを改めて考えたのではないでしょうか。消毒や検温などの感染防止対策を学校でやるのは大変なことですし、ステイホームをしてみて給食のありがたさを感じた家庭もあると思います。学校、家庭、地域が助け合いながらやっていくことが必要であり、そのための準備をしておくことが大切だと考えます。