高齢期の「いざ」という場合とは
現役世代の生活設計課題として、「老後準備」は子供の教育、住宅取得と並ぶ重要な課題のひとつである。いずれも長期の資金計画、資金管理が必要になる課題である。このうち老後準備としての資金には、退職金も含まれていて、それがかなりの割合を占める。そのため、退職金を受け取る前後では、金融資産額にも大きな差がある。2019年の全国家計構造調査(旧消費実態調査)では、60代の負債を除いた金融資産残高は約1,640万円、70代は1,570万円、80代は1,520万円(注1)となっている。年齢が高くなるにつれて残高は少なくなっていくものの、80代でもかなり高額の金融資産を持っていることがわかる。一方、40代ではこの金額はマイナス7万円、50代では820万円であるから、いかに引退前後の差が大きいかがわかる。もちろん、高齢者世帯の金融資産残高は、高齢者自身が世帯主となっている場合の金額であり、子供等の扶養家族となっている場合はこの限りではないだろう。しかし現在、65歳以上の約6割が高齢者のみの世帯として暮らしている。周知の事実であり平均値ではあるが、金融資産残高が多い高齢者世帯は少なくない。
平均値の金融資産残高ではあるが、60代に比べて80代では約120万円の減少である。20年間で平均すると、1年で約6万円の減少となる。この減少幅、つまり取り崩しの金額があまり多くないことから推測すると、高額な金融資産残高は、日常生活費のためというより、高齢期の「いざ」という時のためへの備えであり、備えることで安心感を得るという意味合いが大きいのではないかと思う。その意味でも高齢期の資産管理は重要である。
では、高齢期の「いざ」という時とは、どのような場合だろうか。少し調査時期はさかのぼるが、「生活に大きな影響を与える多額の支出をした出来事」を生命保険文化センターの『生活設計の今日的課題と今後のあり方』研究報告書(2014)(注2)からみると、60~74歳で回答割合が高い出来事は、「自分・家族の病気39%」「家族の死亡31%」「予期しない家の修理・補修26%」「親の介護13%」「親族の借金の肩代わり12%」「株などの投資の失敗10%」「相続税の支払8%」等となっている。これを40代、50代と比べると、「家族の死亡」「自分・家族の病気」「投資の失敗」「相続税の支払」の割合が高くなっている。
「株などの投資の失敗」が現役世代より多いのは、引退後に退職金等により多額の金融資産を保有するようになるからこそともいえる。また、この調査では75歳以上は対象となっていないが、これより上の世代では、「自分・配偶者の介護」も「いざ」という出来事に含まれると思われる。ただ、あらためてこの調査の回答を眺めてみると、高齢期の「いざ」という出来事、すなわちリスクは、自身や配偶者の病気や介護等の他、まだ「親の介護」も意識する必要があるという、長寿社会ならではのリスクの存在も再認識させられる。
そして、高齢期のリスクには、ある程度想定し準備が可能なリスクの他に、特殊詐欺のようなお金のリスクも存在していることを肝に銘じる必要がある。生命保険文化センター『ライフマネジメントに関する高齢者の意識調査(令和3年)』では、60歳以上で、身に覚えのない請求の葉書や、家族や役所等を騙った特殊詐欺の電話を受けた経験があるとする割合は約20%にのぼる。特に、80代以上では、「子供や孫を装った電話」を受けた経験が8%程度と高くなっている。私事ではあるが、昨年、劇場型詐欺の電話をとった。変だとは思ったが、特殊詐欺だと気が付いたのは電話を切って数時間経過した後であった。即座に詐欺だと気が付かない場合も多いだろうことをひしひしと実感した。電話に出た場合に名乗らない、ナンバーディスプレイにする等の対策が言われてはいるが、次々と新手の手法も出てくる。折に触れて電話の応対などのトレーニングの機会があってもよいのではないかと思う。
また昨今では、高齢期に判断能力が衰えてしまうと、預貯金がとり崩せず、自身のためにお金が使えなくなるリスクも広く認識されてきている。資産運用や資産管理の知識や情報、準備に加えて、特殊詐欺を防ぐための知識等、現役世代のうちに高齢期のリスクを意識して、お金のマネジメント全般の知識を身に付けておくことも大切な「老後準備」ではないだろうか。
注1 総務省『全国家計構造調査(旧消費実態調査)』2019年によると、総世帯の、負債を除いた純金融資産残高は、60代16,392千円、70代15,666千円、80代15,226千円。40代 -69千円、50代8,222千円。
注2 生命保険文化センター『生活設計の今日的課題と今後のあり方』研究報告書(2014)
注3 生命保険文化センター『ライフマネジメントに関する高齢者の意識調査(令和3年)』。「そのような電話や葉書を受けとったことはない」とする割合は77.6%。「無回答」3.8%。