ライフサイクルの変化と生活設計 -老後期間と子供の扶養期間
厚生労働省(簡易生命表)によると2021年の日本人の平均寿命は男性が81.47歳、女性が87.57歳である。”人生80年時代”と言われて老後への不安が増してきた1980年の平均寿命は、男性が73.35歳、女性が78.76歳であり、当時と比べると男女ともに8~9年ほど長くなり、老後期間が長くなったとも言える。
一般に生活設計において、多額の資金を要して資金計画が必要となるライフイベントは、子供の教育、住宅取得、老後の準備、この3つが主なものである。このうち、老後の準備については、収入の柱となる公的年金は終身年金として長寿化に対応しているものの、生活費など、公的年金で不足する金額の総額は老後期間が長くなるにつれて増えていくので、長寿化は経済的にはリスクとしても捉えられるのである。
そして子供の教育費。1980年には大学進学率(過年度高卒者等を含む)は男性が39.3%、女性が12.3%(短大は男性2.0%、女性21.0%)と男女でかなりの開きがあるが、男女を合わせた大学進学率は30%未満、短大進学と合わせてもそれほど高いとはいえない。したがって、平均的なライフサイクルにおける子の扶養期間は長子が誕生してから末子が高校を卒業するまでの期間として、例えば子供2人で3歳違いの兄弟とすると21年となる。
一方、2021年は、大学進学率は男性が58.1%、女性が51.7%(短大は男性0.9%、女性7.2%)と短大進学率を合わせると男女でほぼ同じになる。(図1)
【図1】
<文部科学省「学校基本調査」(令和3年度)をもとに筆者作成>
つまり子供は男女を問わず半数以上が大学・短大等に進学するようになっている。そのため、結婚して子供をもつ選択をした場合、平均的なライフサイクルにおける子の扶養期間は大学卒業までと考え、1人では22年(大学4年制の場合)、子供2人で3歳違いとすると25年となり、1980年と比較して長くなる。
さらに、大学進学率の高まりは、入学金や授業料、親元を離れて一人暮らしをする場合の生活費という在学中の費用だけではなく、長期にわたり進学に向けた学習塾や教材などの学習のための費用が必要になることを意味する。文部科学省「子供の学習費調査」でも、1994年と2021年を比べた場合、学校教育費は公立中学校、公立・私立の高校ともにあまり大きな変化はないにも関わらず、いずれも学習塾の費用はかなり増えている(増加額(年額)は、公立中学校104,656円、私立中学校73,121円、公立高校46,195円、私立高校52,621円)。(図2)
【図2】
<文部科学省「子供の学習費調査」(令和3年度)をもとに筆者作成>
2021年の大学進学率を1994年と比較すると、男性が19.2ポイント、女性が30.7ポイント上昇していて、大学進学率の増加が学習塾費増加の背景にあると推測できる。(図1)
このように2大ライフイベントである老後資金、子供の教育費ともにいずれも多額の資金を要すが、老後資金については金額のみならずライフサイクルでみた場合にその準備期間にも変化がみられているのではないだろうか。結婚年齢、出産年齢が遅くなっていることも相まって、子の扶養期間の長期化は、子の扶養を終えてから引退までの期間を短くしている。1980年には14.5年だったのが、2021年は約8~10年と約5~6年短くなっているのである。子供の教育を終えてからの短い期間で長寿化を見据えた老後資金を準備しなくてはならないことになる。(図3)
【図3】
<1980(昭和55)年の図は厚生労働省「厚生労働白書」(平成23年版)をもとに筆者作成
2021(令和3)年の図は厚生労働省「人口動態統計」(令和3(2021)年)をもとに筆者作成>
もちろん昨今は未婚者が増えているし結婚年齢や出産年齢を平均値で語ることは難しいのだが、人々の結婚、出産などのライフイベントの選択や子供の教育に対する考え方は、ライフスタイルの多様化を促している一方で、長寿化の中で人々のライフサイクルも大きく変えている。生活設計の資金計画という観点からみると、長期化する老後に伴い増える老後資金と高学歴化に伴い増える教育資金、これらの2大ライフイベントの資金を、他のライフイベントである住宅取得や病気やケガなどのいざという時の資金とともにいつ、どのように確保するかが大きな課題といえる。この難しさによって一層の少子化を進展させないようするためにも、長寿化の中で人々の生涯の人生設計をサポートする社会システムの構築、そのシステムにもとづいたライフサイクルの検討が改めて必要なのではないだろうか。