夏季セミナー家庭科授業実践報告 「18歳成人を意識した生活設計とリスク管理」
本日は、「18歳成人を意識した生活設計とリスク管理」について、授業実践の報告をさせていただきます。授業をする上で私が大切にしていることをお話ししたのち、主に2つの教材、「君とみらいとライフプラン(生命保険文化センター作成)」と「社会への扉(消費者庁作成)」を活用した授業実践についてお伝えします。
私が勤務する蓮田松韻高等学校は、埼玉県の東部に位置しています。中学校までの基礎を学び直しできる、普通科単位制の県立高校です。家庭科は1、2年次に家庭総合を合計4単位設置しています。
1. 授業をする上で大切にしていること
私が授業をする上で大切にしていること、心掛けていることですが、昨年度、私が1年次の初回授業で使用したパワーポイントを使って説明します。
こちらは2020年2月に、私がドラッグストアで目にした光景です。トイレットペーパーやマスクが買い占められ、全国の店先から商品が消えたのも記憶に新しいのではないでしょうか。同じ日に私が見たフリマアプリでは、価格が高騰していました。自分なら買うか買わないか、またどうしてこのようなことが起きたのかを生徒に投げかけました。
多くの人々と同じ行動を取ることに安心感を抱き、他人の行動に追随してしまう傾向があることを、行動経済学ではハーディング効果といいます。目の前で起きていること、得た情報を本当だと思ってしまうのは、情報をうのみにしてしまったことが関係しています。その価格の裏側には何があるのかを考える、「選択の目」を持つことが大切であり、買うかどうかを最終的に決めるのは自分自身です。多面的なものの見方を持ち、意思決定する力を家庭総合の授業で養っていこうと生徒に話しました。
そもそも消費者教育とは、消費者の自立を支援することです。自立した消費者とは、被害に遭わないのはもちろんですが、合理的意思決定のできる消費者、そして消費者市民社会の形成に参画する消費者をいいます。トラブル防止、金銭教育だけではなく、自らの行動に責任を持ち、社会参画できること、すなわち消費者市民を育てることだと私は考えます。
今回の学習指導要領の改訂では、教育課程全体を通じて「持続可能な社会の創り手」を育むことが求められています。新学習指導要領の家庭科における消費者教育について、私なりにまとめてみました。小学校から売買契約について学び、消費者には役割があると学びます。中学校では契約に関する基本的なことを全て学び、高校では生涯を見通し、契約の重要性と消費者保護の仕組みについて理解し、より実践的で課題解決型の学習になります。消費生活・環境に関する記載が内容のCとして統一され、発達段階に応じて学習するよう整理されました。
さて、本日の題にもなっている生活設計やリスク管理ですが、高校生が今後の人生の生活設計を立てることや、年金や様々な人生のリスクを現実のこととして考えるのはとても難しいと感じます。生徒は一度に大きく変化するのではなく、経験や失敗を重ねながら少しずつ成長していきます。小中学校、他教科とのつながりを持たせながら繰り返し学ぶことが大切であり、長時間労働など近い将来起こりうるリスクを考え、それへの備えや社会保障について学ぶなど、自分の進路やライフプランと結びつけて考えることで、理解をより深めることができるはずです。
2.「君とみらいとライフプラン」を活用した授業実践(主に生活設計)
ここからは、生命保険文化センター発行の「君とみらいとライフプラン」を活用した授業をご紹介します。
本校の家庭総合4単位の大まかな指導計画です。ふきだしは学習内容の一例です。各分野を単独で学習するのではなく、生涯を見通した生活設計と18歳成人を意識し、全ての題材に消費者教育の視点を入れるように心掛けています。青色がついている分野で「君とみらいとライフプラン」を活用しました。
こちらの冊子は、おなじみの方も多くいらっしゃると思います。私は生命保険文化センターが主催する関東の高校家庭科の教員が集まる懇談会に参加させていただき、教材作成に携わりました。巻末のライフプラン表を回収しやすいようにミシン目を入れてほしいとの声もすぐに実現してくださるなど、現場の声を多数取り入れて作成されています。何よりも無料であること、また全ページカラーで図表やかわいいイラストが多く、生徒が拒否反応を起こすことなく楽しく手に取ることができるのが魅力だと感じます。
家族の授業の2時間目に、人生には様々なライフイベントがあり、それぞれお金が必要であることを認識したのち、リスクに備えることの必要性を取り上げました。高校卒業後は様々なライフコースがあります。どんな生き方を選択するのかは人それぞれで、高校1年生にとっては高校を受験して入学したことは人生の大きな転機となる出来事です。代表的なライフイベントを示し、具体的にどれだけお金がかかるのか、3択クイズを使って紹介しました。
スライドでざっと説明したのち、それぞれのテーマに関する自分の考えを冊子に記入させました。テーマ1:冊子2ページ目の「30歳になったときの自分を思い描いてみよう。」ですが、多くの生徒はこのくらいしか書けていませんでした。10数年後のことでも具体的に考えることは難しいのならば、長期の経済計画を立てることはなおさらです。
テーマ2:4ページ目の「将来就きたい職業について考えてみよう。」は、進学時の費用などの現実的な問題は考えられておらず、憧れの要素が強いですが、かなり具体的に考えているものが多く、またよく書いていました。これらの記載を見て、自分のこととして具体的に考えやすいものから派生して思考を深めさせ、生涯を見通した生活設計へつなげていくことが大切であると感じました。
テーマ3:6ページ目の結婚観については、先入観や成育歴、ジェンダーバイアスがよく出ます。家族・家庭の機能や家族関係について自分事として考えさせるにあたり、民法改正の検討課題である、選択的夫婦別姓制度について意見を書かせたものをクラスで共有しました。そして、両親が事実婚などで別姓を選んだ家庭で育った子供が議論している動画を視聴しました。「姓が異なると家族としての一体感が薄れる」、「子供の姓が親と違うとかわいそう」というものは反対意見としてよく出てきます。制度を学ぶだけではなく、社会課題について自分ならどうするか、どう考えるかを問いかけ、他者の見方、考え方に触れさせることで思考を深めることができたように思います。
高齢期についての学習です。現在日本は高齢化率28%を超える、世界有数の長寿国です。しかし、日常生活に制限のない期間を表している健康寿命は平均寿命より10年ほど短くなっており、その期間は一般的には介護が必要になるといわれています。高齢期の授業ではネガティブな面が強調されがちですが、実際は要介護・要支援認定者の割合は主に85歳以上で、個人差はあるものの多くの方は元気に生活しています。私が尊敬する方の一人は、大分県に住む尾畠春夫さんです。スーパーボランティアとして知られている81歳の尾畠さんの話をすると、加齢に伴って全ての機能が衰えるわけではないこと、また生きがいや目的を持つ人生について想像しやすいようです。
高齢期に特徴的な疾病のひとつとして認知症が知られていますが、授業では39歳で若年性認知症と診断された、丹野智文さんの動画を見せました。今後さらに高齢者の数が増えることで家族が認知症になったり、接する機会も増えてきます。認知症に対する正しい知識と理解を持ち、地域で認知症の方やその家族に対して、できる範囲で手助けすることができるよう、認知症サポーター養成講座を蓮田市在宅医療介護課に依頼し、9月に1年次全員で受講しました。今私が腕にしているオレンジリングはその時いただいたものです。
その後1、2学期に家庭総合で学習したことをテーマに自分の意見を書かせたものを新聞社に投稿しました。新聞投稿は世の中の動きに関心を持ち、自らの考えを発信できる人になってほしいという思いから始めました。生徒には素直に書くよう話をしています。提出された原稿は個人情報や悪口など、人権上の問題がなければ一切手を入れず新聞社にそのまま送っています。言語活動の充実により思考が可視化され、掲載が自信にもつながっていきます。社会への発信力が育つことは、行動力にもつながっていくと考えています。
3. 「社会への扉」を活用した授業実践(「18歳で成人となるリスク」管理)
次に、消費者庁作成の「社会の扉」を活用した授業をご紹介します。2022年4月1日から、成年年齢が20歳から18歳に引き下げられます。成年年齢の引下げには2つの意味があります。一人で有効な契約ができる年齢になることと、親権に服することがなくなる年齢になるということです。
成年年齢の引き下げで予測されるトラブルは、主に3つに整理できます。1つ目、経験や知識が乏しいため誘いを断りにくく、人間関係の影響を受けやすいことから消費者被害の急増につながること。2つ目、未成年者取消権が使えないため、悪質商法の対象に狙われ、被害救済が困難になること。3つ目、月々の支払いを払っていけると安易に考えてしまい、契約締結のためにローンやクレジットを組まされ、多重債務に陥る恐れがあることです。これらのことが在学中の高校3年生に起こり得ます。
内閣府のデータを見ると、自分は怪しいと思う商品やサービスは購入しないなどと思い、不安に感じない若者が多いようです。しかし、実際はどうでしょうか。目の前にいる生徒は社会経験も浅く、いい顔をした詐欺師に簡単に騙されてしまう可能性は高いのではないでしょうか。「社会の扉」の巻頭にある12のクイズ、これは間違いやすいものを集めており、選択肢自体に考えるヒントが盛り込まれているなど、大変よくできているものです。なお、このクイズの背景にある街の絵は、普段の生活の中で契約があふれていることを示しています。
今まで、消費者被害防止に役立っていた未成年者取消権がなくなるということは、生活の中に契約があふれている環境の中に投げ出されることを意味し、自分の意志で自由に契約できるとはいえ、若者にとっては大変リスクが大きいです。保険はリスクを少なくすることで安心を購入して万一に備えますが、未成年者取消権が使えないというリスク、どんな契約を締結しても取り消される可能性があるため、事業者が初めから未成年者を勧誘ターゲットにしない、防波堤としての機能がなくなるというリスクを意識した授業を考えました。
なお、私は「社会の扉」を全て使うのではなく、Q1~5の契約に関することと、Q11の消費生活センター、Q 12の消費者市民社会の箇所をピックアップして使いました。
授業では、様々なデータを生徒に分析させました。これは、「社会の扉」の教師用解説書に掲載されている、愛知県の関谷先生が作成された現代社会の実践事例を参考にしました。10代後半と20代前半で相談件数の違いはどうか。また、どんな相談が多いかを考えさせ、20歳を過ぎると消費者トラブルの相談が増えるのがどうしてかをまとめさせました。
ネットショッピングは、法律上のクーリング・オフ制度はありませんが、独自に返品の可否や、その条件についてのルールを定めています。実際の画面を見て、おかしいと思うところをさがしてみるのも、リスク回避の訓練になると思います。なお、何かあるとすぐに「騙された」と言う生徒は多いですが、契約する前に契約書や約款、利用規約をよく読んでいない場合は、消費者に落ち度があります。これは真面目に商売している事業者を守ることであり、ごく当然のことです。契約の原則をしっかり理解することが大切です。
消費者トラブルに遭った際、諦めて何もしないでいると、事業者からは商品やサービスに満足しているとみなされ、不正な取引や他の人への被害が拡大していくことにつながっていきます。逆に、事業者や消費生活センター、適格消費者団体などに声をあげるなど行動することで、企業のよりよい商品、サービスが育つことにつながっていきます。それはすなわち、消費者市民社会の実現につながります。
一方で、どんなに注意深く過ごしていても、事業者はあの手この手で契約させてきます。困った時は消費生活センターに相談しようと授業で話をしていますが、今の子はめったに電話をかけないため、ハードルが高いと感じていました。そのため、蓮田市消費生活センターに依頼し、電話相談を疑似体験させる授業を行いました。SNSを見て安い除毛クリームを購入したものの、実は定期購入で当然支払う必要があると事業者に言われ、解約できずに困っているというロールプレイを体験させた後、そのまま消費者ホットライン188に電話をかけて相談するという流れですすめました。市の職員と相談員さんには既習事項や生徒の理解度を細かく伝え、授業内容を協働で作り上げました。本来は相談員さんに教室に来ていただく予定でしたが、コロナウイルス感染拡大防止のため、急遽オンラインでの実施となりました。慌てて準備をしましたが、逆に臨場感が出てよかったです。
自分たちの生活に関わりのある問題に関心を持ち、自ら調べ、立ち止まって考える。疑問や要望があれば消費者として声を上げる。できることから行動し、社会を変えていく。消費者が主役の消費者市民社会では、消費者の行動で社会を変えることが求められています。リスクを回避して被害に遭わないようにしたり、リスクを低減したり経済的な備えをするだけでなく、18歳で成年となり一人で有効な契約ができるようになるからこそ、生涯の見通しを持って課題解決型の学習に取り組み、行動力や実践力を定着させることが家庭科の強みでもあり、面白さであると感じます。
最後に、私が好きなアインシュタインの言葉を紹介します。「Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow. The important thing is not to stop questioning.」まず自らが主体的に考え、問うことをやめずに、日々の生活や授業づくりに取り組んでいきたいと思います。私からの報告は以上になります。少しでも先生方の今後の授業の参考になれば幸いです。