夏季セミナー公民科授業実践報告「社会保障制度と民間保険をどのように生徒に伝えるか」
本日は、『社会保障制度と民間保険をどのように生徒に伝えるか~7つの意識していること~』と題して、公民科の視点からお話しいたします。
前任校は難関私大を目指す進学校、そして昨年度からチャレンジスクールと呼ばれる高校に勤務し、様々な生徒の様子を見てきました。これらの経験や、生命保険文化センターの教材作成に携わった際に考えたことを踏まえて、7つのキーワードを示しながら進めます。
まず前提として、公民科において社会保障制度の学習は、経済学習の『要(かなめ)』だと思います。社会の在り方を考える格好の単元であり、財政や国の在り方を考察する場面でも、必ず社会保障制度は顔を出します。卒業後すぐに役立つ知識であり、主権者教育・消費者教育とも親和性が高い。まさに中心的な単元です。
一方、この単元は制度の説明が多く、内容も簡単ではないため、どのように教えるか迷うことも少なくないはずです。教員が要点を理解しないまま説明すると、単調になり、聞いている側も教える側も辛いという経験があると思います。大事な視点を端的に伝えて、あるべき社会の姿を考えさせることを目指したいものです。
拠り所となる資料が、厚生労働省HPにあります。「社会保障を教える際に重点とすべき学習項目」として、授業での取り扱い方法を丁寧にまとめてくれています。
注目すべきは、「少なくとも一つの制度を題材として学習してもらう」という点。要は社会保険のうちピンポイントで絞っていいと明記しており、メリハリをつけた授業設計をする際の支えになるはずです。
それでは、具体的な単元案について考えましょう。例えば「自助・共助・公助」を入口として、保険の仕組みを含めた社会保障制度の概要、制度のこれから、そして、自助について考えるというのは如何でしょうか。この大きな流れがあれば、授業時間数に合わせて調整ができます。
社会保障の学習において、アクティブ・ラーニングの実践事例が結構ありますが、その手前の、制度の内容・課題・展望をスムーズに理解するための説明順について、真正面から言及している例はあまり無いように思います。ここのヒントになればいいと思っています。
さて、導入段階で何を意識すべきでしょうか。キーワードの1つ目は「定義の説明から始めない」です。どの単元にも共通しますが、いきなり定義の説明を始めると、聞く側の生徒は「心のシャッター」を下ろしてしまいます。定義は抽象的であり、生徒からは遠い。生徒に聞いてもらうために生徒にとって身近な話題を入口とする必要があります。
高校生の身近なリスクは何か、例えば『単位を修得できないリスク』というのは結構重要な関心事のはずです。自助・共助・公助とは…と始めるより、『単位を落とさないために何をする?』の投げかけから始めてみると、違った反応になります。
生徒たちは「自分でひたすら勉強する」、「友達に教えてもらう」、「わからない部分があったら先生に質問しに行く」と概ね回答しますが、言い換えれば自助・共助・公助のことです。このように具体的な話から抽象的な定義の理解へとスムーズに進めば、第一関門はクリアです。人生のリスクへの備えも結局は同じ視点なのだと伝えて、授業の本題に入っていきます。
次に、展開部分についてです。キーワード2つ目は「共助(社会保険)から伝える」。4本の柱と呼ばれる社会保障制度を何から教えるか。教員の好み次第ですが、私は共助(社会保険)から扱うことが多いです。日本の社会保障給付費に占める割合を見ても社会保険は中心部分であり、保険料を集めて運営するという仕組みは生徒にとって新鮮だと思います。保険の仕組みが分かれば、後に民間保険を教える際にも役立ちます。大事なものほど先に教える、このポリシーで組み立てています。
保険の仕組みは、生命保険文化センターの副教材にあるサッカーチームの例がよく出来ているのでおすすめです。
保険はリスクに皆で備えるという点を説明した後、国によって原則加入が義務付けられている保険として社会保険の種類について触れます。
ここでも私は「具体から抽象へ」というこだわりがあり、保険の仕組み→社会保険の説明→社会保障の4本の柱の順で説明することにしています。一番重要かつ難しい社会保険から学ばせて、最後に全体像を示す方法、一度試してみてはいかがでしょうか。
キーワード3つ目は「社会保障制度の恩恵を受けた経験を語る」。
社会保障制度は制度への信頼感がなければ成り立たないものです。どんな些細なエピソードでも構いません。制度の説明が一通り済んだら、生徒が制度の意義を実感できるように、教員自身が恩恵を受けた経験を語りましょう。私は、昨秋に高熱が14日間続くという厄介な風邪にかかり、CT検査や採血などの検査を受けた結果、窓口負担で約13,000円と言われ驚いたのですが、よく明細を見ると治療費は約45,000円でして、医療保険の効力といいますか、有難さに感動したことを生徒に話しました。
社会保障制度は課題にばかり目が向きがちですが、誰もが世界最高水準の医療を比較的安価で受けることができる点、一定のセーフティーネットが整備されているという点をしっかり伝えることが大事だと思います。
しかし、この制度の維持に関わる重大な課題が、少子高齢化問題です。ここから、社会保障制度の課題について展開します。
まずは、どれだけ高齢化が進んでいるかというクイズを使います。今の高齢者は全体の人口の何パーセントか。答えは28.9%。スライドの補足にあるように、7%、14%、21%のダミーの選択肢にも意味があり、選択肢からも学べるようにしています。
15歳から44歳と、75歳以上の高齢者を比較すると、一人当たり国民医療費は約7倍の差があります。高齢化の進展により医療費や年金保険の給付額が増え、現役世代から集める保険料だけでは足りず、財政支出に頼っているのが現状です。
キーワードの4つ目は「財政問題とリンクさせる」。財政を抜きにして社会保障制度は語れません。しかし、現行の「現代社会」では、ほぼ全ての教科書で財政と社会保障の掲載ページが大きく離れています。来年度より設置される「公共」の教科書では、財政の次に社会保障制度を掲載する社が増えており、財政と社会保障制度をセットで教えるのが今後のスタンダードになると思います。
これは財務省の資料ですが、一般会計歳出総額における社会保障給付は33%を超えており、財政再建が叫ばれる中、社会保障の費用が財政を圧迫する要因となっています。
この点は、社会保障制度のあるべき姿を考える大きな「動機」になります。財政の現状を伝えた上で、あなたの考えは…と投げかけます。
いよいよ班活動の段階についてです。キーワード5つ目は「選択肢を少し増やす」。最後のまとめで話し合わせる主流テーマとして、「高福祉・高負担(北欧型)or低福祉・低負担(アメリカ型)」という二項対立があります。これは考え方を身に付けさせるためには大事な視点ですが、やや突飛な感じがしませんか。日本の社会保障制度を詳しく学んできたわけですから、日本の現状をベースとして、より詳しく理想的な姿を考えさせたい。
そこで前のスライドで示した通り、A~Dの4つの選択肢です。この中から1つ選び、理由を話し合うアクティブ・ラーニングをすると、生徒は日本の現状や、病気と老後のリスクについての予見性や公平性の観点から興味深い議論をしました。生徒の様子を見て、一定の理解ができていそうな場合、選択肢を増やして考えさせることはおすすめです。
さて、社会保障制度の学習の後、自助とくに民間保険を考察します。
社会保障制度があるにも関わらず、なぜ民間保険が必要なのかと感じるのは自然なことです。そこでキーワード6つ目は「民間保険は具体例で説明する」。数字を使って説明すると、民間保険が必要な場面を認識してもらえると思います。
生命保険文化センターの教材には、スノーボードで転倒したときの例、一家の働き手が亡くなった際の例が載っています。具体的で分かりやすいので、これを使用すればいいと思います。
「貯蓄は三角、保険は四角」というフレーズ、ご存じでしょうか。預貯金は、必要な金額が貯まるまでに時間がかかります。しかし、保険は加入して条件が揃えば、必要になった額を補償してくれるわけです。民間保険は自助の有効な手段だという点を授業で伝えて下さい。
最後のキーワードは「自助はお金の話だけではない」。ここまでは経済的な損失に関する話をしてきましたが、自分の人生を考える貴重な機会なので、他教科と連携して生徒の自立を促せないものかと思っていました。そこで、校内の家庭科や保健体育の先生方にお声がけして、「リスクから自分を守るために」と銘打って、現代社会の授業にお招きした事例についてお話します。
家庭科の先生には「今からできる高齢期に向けた食生活」について、若い頃の食生活で老化の程度が変わることを重視して、健康的な食材・栄養素に関するクイズや解説を実施してもらいました。
保健体育の先生には、「今からできる身体づくり」というテーマで健康になるためのトレーニングや睡眠の重要性等、生徒の関心に合わせた授業を実施してもらいました。
当初は両教科ともに社会保障制度の単元があるので、リレー形式で社会保障制度を重層的に授業することを考えていましたが、先生方の専門性や、生徒の特性を踏まえて今回の形式にしました。
先生同士が協力する姿を見せるのは生徒にとってもプラスになります。授業時間を合わせる手間やお願いする先生方に迷惑にならないか等、教科間連携は二の足を踏むケースがあると思います。しかし、その先生の得意なテーマでお話ししてもらえば、負担も少なくやっていただけることがあります。
以上、7つの意識していることを示しながらお話してきました。
最後に、一番大事なことは、私たち教員側が試行錯誤しながら楽しく教えることであり、その姿は生徒にきっと伝わると信じています。これからも工夫を重ねていきたいと思いますので、皆さまとアイデアをぜひ共有できればと思います。今日の話が、社会保障制度を扱う際の参考に少しでもなれば幸いです。ありがとうございました。