夏季セミナー基調講演「成年年齢引下げと家庭科、社会・公民科における消費者教育」
【目次】
はじめに
Ⅰ 成年年齢引下げと若者の消費者トラブル
Ⅱ 若者の消費者トラブル防止と消費者教育
Ⅲ 小・中・高等学校における消費者教育の体系的な理解
Ⅳ 学習指導要領の改訂と消費者教育
Ⅴ 家庭科、社会・公民科における消費者教育
はじめに
2022年4月1日、改正民法施行により成年年齢が18歳に引き下げられました。これに対応し、消費者庁を中心とした関連4省庁では2018年度より「若年者への消費者教育の推進に関するアクションプログラム」を展開してきました。成年年齢引下げ実施の前に消費者教育を充実させる取り組みが熱心に行われてきたという状況のなか、今後の情勢が大いに注目されるところです。
成年年齢引下げについて、当事者である高校生たちはどのように思っているのでしょうか。消費者教育支援センターと生命保険文化センターにより2021年度に実施された調査の結果を少し見てみます。なお、調査報告書はホームページにも掲載されていますので必要な方はダウンロードしてご活用ください。
【第3回】2021年度 高校生の消費生活と生活設計に関するアンケート調査(2022年3月発行)
https://www.jili.or.jp/school/questionnaire.html
成年年齢が引き下げられて「消費者被害にあうかもしれないと不安に感じる」生徒は、男子の4分の1、女子の3分の1程度いる一方、「特に何も思わない」が男子の4割近くに上り、女子も3割近くいます。周りが心配するほどには当人たちは気にしていないのかもしれません。
続いて「契約の知識」の正答率を見てみます。「未成年者契約の取消権」についての問い「17歳が保護者に内緒で買った10万円の楽器の契約は取り消せる」は、この時期最も大切な知識であるにもかかわらず正答率が低くなりました。ただ、他の質問の正答率は学習直後の1・2年生が高いのに対し、未成年者契約取消に関する質問だけは3年生が高いことから、ある程度は自分の問題として捉えられていると読み取ることもできそうです。
成年が行う社会参加の一つである選挙に対しては、約半数が「選挙に行きたい」と答えています。先日の参議院選挙でも18・19歳の投票率が前回より上がったという報告があります。
Ⅰ 成年年齢引下げと若者の消費者トラブル
●「18・19歳」と「20~24歳」の消費生活相談件数
国民生活センターに寄せられた消費生活相談件数を見ると、18歳・19歳と20〜24歳の相談件数の差は近年の平均値で約1.6倍になり、成人になると消費者トラブルが急に増えることを示しています。日本消費経済新聞のデータによるとその増加比率は、マルチ商法が6倍、エステ・美容が3〜4.4倍、投資情報などの情報商材が2.9倍と、特に若い人たちの関心が高い分野で増加する傾向にあります。こうした背景からも、早くからの消費者教育の必要性がいわれていたわけです。
●若者に多い消費生活相談
若者はどのような消費トラブルにあっているのでしょうか。消費者庁の「消費者白書」によると、男性15〜19歳の1位は脱毛剤です。少し前まではネットゲームやアプリに関連するものが上位を占めていましたが、ここ1〜2年は女性のみならず男性も美容系のトラブルが激増しているというのが大きな特徴です。次いでインターネットなどを利用する娯楽サービスやデジタルコンテンツが多くなっています。
成人を境に儲け話や投資関係が増えてきます。金額が大きく、取消ができないということになると、被害も大きくなります。また自立して一人暮らしを始めると、アパートの賃料や電気製品など暮らしに関する相談も増えてきます。
●消費生活相談の販売形態別割合
トラブルになった販売形態に注目すると、一見して20歳未満のグラフは他と違うことがわかります。20歳未満の相談の約7割はインターネット通販です。情報ネットワーク化が進んだ社会に生まれ、インターネットに慣れ親しんだ世代にとって、ネット通販の危険性が大きいことがわかります。
●18歳・19歳が注意すべき消費者トラブル10選
国民生活センターでは18歳・19歳が注意すべき消費者トラブルとして次の10項目を挙げています。
①副業・情報商材やマルチなどの“もうけ話”トラブル
②エステや美容医療などの“美容関連”トラブル
③健康食品や化粧品などの“定期購入”トラブル
④誇大な広告や知り合った相手からの勧誘など“SNSきっかけ”トラブル
⑤出会い系サイトやマッチングアプリの“出会い系”トラブル
⑥デート商法などの“異性・恋愛関連”トラブル
⑦就活商法やオーディション商法などの“仕事関連”トラブル
⑧賃貸住宅や電力の契約など“新生活関連”トラブル
⑨消費者金融からの借り入れやクレジットカードなどの“借金・クレカ”トラブル
⑩スマホやネット回線などの“通信契約”トラブル
内容の詳細については国民生活センターのサイトに公開されていますのでご参照ください。
国民生活センター「18歳・19歳に気を付けてほしい消費者トラブル最新10選」
https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20220228_1.html
Ⅱ 若者の消費者トラブル防止と消費者教育
●成年年齢引下げに対応した消費者トラブル防止のための3つのアプローチ
成年年齢引下げに対応した消費者トラブル防止のためには、大きく分けて3つのアプローチがあります。
①消費者教育の充実
消費者教育ついては次項で詳述します。②と③はとても重要なアプローチですが、どちらも事後対応になり、未然に防ぐためにはやはり消費者教育が重要です。
②法整備
トラブルにあったとき救済できるような法律を整えておくことです。例えば消費者契約法が改正されデート商法や就活セミナーによる契約が取消可能になる、特定商取引法が改正されネット通販の表示義務が厳しくなる、クーリングオフの通知がメール・ファクスでも可能になるなど、若者にとっての利便性が考慮された対策が取られてきています。
③消費生活相談窓口の充実・周知
被害者が泣き寝入りすることのないよう相談窓口が充実されてきました。泣き寝入りをしてしまうと、本人は“高い授業料”で終わるかもしれませんが、次の被害者が出てしまいます。しかるべき所に相談して問題解決につなげ、トラブル事例を社会に伝えることが重要です。
対策の柱となるのは、消費者ホットライン「188」の周知です。トラブルが起こったときは、すぐに誰かに相談できることが問題解決のための大きな一歩になります。相談したくても電話番号がわからない、そもそもどこに相談するのかがわからないという人がインターネットで検索すると、それを悪用する詐欺サイトなどにつながってしまうこともあるため、シンプルに「188」にかければよいということを定着させることが重要です。
●消費者教育推進の取り組み(1)消費者教育推進法
消費者教育の目的と定義、基本理念については「消費者教育推進法」(2012年)に示されています。
消費者教育の目的:消費者教育を総合的・一体的に推進し、消費生活の安定と向上を図ること
消費者教育の定義:消費者の自立を支援するために行われる教育および啓発活動
(消費者が主体的に消費者市民社会の形成に参画することの重要性について理解及び関心を深めるための教育を含む)
「消費者市民社会」は非常に重要な概念で、推進法には「消費者が、個々の消費生活の多様性を相互に尊重しつつ、自らの消費生活に関する行動が現在及び将来の世代にわたって内外の社会経済情勢及び地球環境に影響を及ぼし得るものであることを自覚して、公正かつ持続可能な社会の形成に積極的に参画する社会」と定義されています。
そもそも消費者教育は自分や家族の利益を守るための教育ですが、それだけでなく、社会をよりよくするためにできることを考え行動する消費者を育てるための教育でもあります。消費者の力で環境や人権、公共の利益に配慮された持続可能な社会を創ること、そのような社会を構築するために行動できる消費者を育成するのが消費者教育ということになります。
消費者市民社会の視点は消費者トラブル防止とも関連しています。自分にとっての豊かな暮らしは、豊かな社会、安全な社会があってこそ実現できるものです。よりよい消費生活が営めること、そして、それを保証するような社会の在り方のためには、消費者市民として行動していくことが必要になります。消費者トラブルにあったとき消費者市民はその事例を社会に発信することによって多くの人と共有し、全体としての問題解決につなげます。これは、環境のためによい商品を買うことによって市場にそのような商品が増え、環境問題解決の一助になることと意味するものは同じです。
また基本理念では、「幼児期から高齢期まで」「学校、地域、家庭、職域」といったあらゆる段階・場面にわたって切れ目なく消費者教育の機会が与えられることを目指しています。
●消費者教育推進の取り組み(2)消費者教育の推進に関する基本的な方針
消費者庁は「消費者教育の推進に関する基本的な方針」を5年ごとに打ち出しており(前回更新2018年、次回2023年)、当面の重点事項として3点を掲げています。
①若年者の消費者教育
②消費者の特性に配慮した体系的な消費者教育の推進
③高度情報通信ネットワーク社会の発展に対応した消費者教育の推進
消費者を取り巻く現状と課題としては、インターネット利用の拡大、成年年齢引下げ、SDGsなどを挙げ、被害にあわない消費者、合理的意思決定のできる消費者、消費者市民社会に参画する消費者を育成することが示されています。
また、消費者教育は学校だけでなく地域、家庭、職域その他さまざまな場で活性化していくことが求められ、そのためには行政、教育委員会、消費者団体、企業などの関係者が相互に連携して取り組むことが効果的と記されています。特に学校では先生方だけで消費者教育を十分に展開するには限界があるため、消費生活相談員や弁護士など専門性をもった外部人材の協力が不可欠となります。ここで重要な存在になってくるのが、学校と専門家をつなぐ役割をもつ「消費者教育コーディネーター」です。まだ認知度は低いのですが、すでに16都道府県、9政令都市で設置されています。
●若年者への消費者教育の推進に関するアクションプログラム
冒頭にも述べたとおり、消費者庁、金融庁、法務省、文部科学省が連携し、成年年齢引下げを見据えた消費者教育の取り組みを推進してきました。
高等学校等における取り組みの柱は次の4点です。
①学習指導要領の徹底
②消費者教育教材の開発、手法の高度化
③実務経験者の学校教育現場での活用
④教員の育成・研修
③「実務経験者の活用」は、消費者教育コーディネーターによる専門家の活用に当てはまります。できるだけ専門家を教育現場に入れるということです。
④は教員の養成課程や研修でも消費者教育を採り入れていくということです。先生方には一定の知識をつけていただくとともに、外部の専門家などを積極的に活用していくことが、これからの消費者教育のポイントになってくるかと思います。
●成年年齢引き下げに伴う消費者教育全力キャンペーン(2021年3月)
消費者庁は2021年3月、『成年年齢 −大人になる君へのメッセージ−』と題し、タレントのゆりやんレトリィバァさんを起用した動画を作成し公開しました。
この動画は、若い人の感覚に寄り添い、トラブルにあったらまず「188」に相談することを発信する内容となっています。さらに2作目の『みんなで動画を作ってみた!』では、短い動画を公募する参加型のキャンペーンを展開、応募作品を少しずつ組み合わせて一つのメッセージ動画としています。従来型の啓発資料ではなく、若い人が好むメディアを使ってムーブメントを起こして自覚を促すという特徴的なキャンペーンになっています。
消費者庁「18歳から大人」特設ページ 啓発動画
Ⅲ 小・中・高等学校における消費者教育の体系的な理解
●消費者教育の体系イメージマップ
小・中・高等学校においては消費者教育の体系的な理解が重要です。消費者庁の消費者教育ポータルサイトで公開されている『消費者教育の体系イメージマップ』は消費者教育の「体系」のイメージを伝える見取り図で、どのような時期に、どのような内容を身に付けていくことが求められるのかを一覧できるようになっています。
縦軸は消費者教育の「重点領域」、横軸は「ライフステージ」を表し、内容欄にはライフステージに応じた重点領域別の目標(課題)が示されています。
重点領域は「消費者市民社会の構築」「商品等の安全」「生活の管理と契約」「情報とメディア」の4大項目と10の小項目が位置づけられています。
ライフステージは生涯切れ目なく消費者教育の機会を得るという考え方がベースになっているため、学齢期だけでなく成人期、若者から高齢者までが含まれます。
消費者庁「消費者教育ポータルサイト」消費者教育の体系イメージマップ
https://www.kportal.caa.go.jp/pdf/imagemap.pdf
次に重点領域ごとの内容を紹介します。発達段階に応じて、小学生期は「身近な生活の中で」、中学生期は「社会的な理解へ」、高校生期は「自覚と行動へ」と目標となる内容が少しずつ高度になっていきます。マップで全体像をイメージしながら、教科の中でどのような展開ができるのかを考えていただければと思います。
消費者市民社会の構築
「消費がもつ影響力の理解」:消費者行動が市場や環境に与える影響を理解することです。
「持続可能な消費の実践」:例えばエアコンの温度設定やエコバッグを持参して買い物をするなど、持続可能なライフスタイルを考え実践することを指します。
「消費者の参画・協働」:例えば町ぐるみでお年寄りを消費者被害から救う取り組みや、声かけ、泣き寝入りせず声を上げるなど、消費者が協力し合って意見を届けたり、問題解決に主体的に関わることを目指しています。
商品等の安全
「商品安全の理解と危険を回避する能力」:若者にとって関心の高い化粧品や健康食品は非常に安全性の求められる商品であり、安全性を知り危険を回避する能力が重要になります。
「トラブル対応能力」:トラブルにあったときにきちんと相談できること、できれば法律や制度についても知っておくことがトラブル解決につながります。この項目は、重点項目「商品等の安全」と「生活の管理と契約」の2項にまたがって位置づけられています。
生活の管理と契約
「選択し、契約することへの理解と考える態度」:適切な商品選択ができること、契約について理解することを目指しています。
「生活を設計・管理する能力」:生活設計や計画的な金銭管理ができることを目指しています。
情報とメディア
「情報の収集・処理・発信能力」:情報の収集と利用のしかたについて理解することを目指しています。
「情報社会のルールや情報モラルの理解」:情報モラルを知り、セキュリティについて理解することを目指しています。
「消費生活情報に対する批判的思考力」:消費生活情報を評価したうえで適切に利用することが求められています。
●金融リテラシー・マップ
『金融リテラシー・マップ』は、生活スキルとして最低限身に付けるべき金融リテラシーを年齢層別に、体系的かつ具体的に記したマップです。縦軸の分野には家計管理、生活設計、金融知識などが位置づけられ、保険商品も分類されています。
「消費者教育の体系イメージマップ」と同様に、横軸はライフステージとなり、ライフステージに合わせた項目別の目標が掲げられています。
金融関連の内容で中学生・高校生に伝えるべき内容については、このマップを参照していただければと思います。
金融経済教育推進会議「金融リテラシー・マップ」
https://www.shiruporuto.jp/public/document/container/literacy/pdf/map.pdf
Ⅳ 学習指導要領の改訂と消費者教育
●学習指導要領改訂の方向性と消費者教育
2017・18年度の学習指導要領改訂では、「何を学ぶか」だけでなく「どのように学ぶか」、主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)が推進されています。さらに最終的に何ができるようになればいいのか、実践性が非常に重視されています。
消費者教育の目標として掲げられているのは「学校教育を通じてよりよい社会を創る」ことです。この目標を共有し、社会と連携・協働しながら未来の創り手となる能力を育む「社会に開かれた教育課程の実現」のために、すべての教科で社会とのつながりを意識する必要があると考えられます。中でも実践性の高い家庭科では、社会とのつながりもあらゆる方法や場面が想定でき、アクティブ・ラーニングでもさまざまな工夫が考えられるのではないでしょうか。
●学習指導要領改訂のポイントと消費者教育
重要事項として「主権者教育、消費者教育、防災・安全教育などの充実」が示されています。小学校家庭科では売買契約の基礎、中学校技術・家庭科では金銭管理や消費者被害への対応、高等学校では公民科における金融・経済活動、公民科・家庭科における契約、消費者の権利と責任、消費者保護の仕組みなどが具体的に挙げられています。
●小・中・高等学校学習指導要領にみる消費者教育
学習指導要領の中で消費者教育に関連する内容をまとめたものを以下の図に示します。太字部分が今回の主な充実箇所になります。
小学校
社会科:「販売の仕事が消費者の多様な願いを踏まえ売上を高めるよう、工夫して行われていること」となっていて、かなり複雑な思考が求められます。
家庭科:売買契約の基礎、消費者の役割などが入っています。
消費者市民社会は倫理観、社会や環境、他者のために自分ができることを大事にすることから道徳も教科として挙がっています。
中学校
社会科[公民的分野]:「希少性」という言葉が出てきます。「個人と企業の経済活動における役割と責任」も強調されています。
技術・家庭科[家庭分野]:購入・支払い方法の特徴やクレジット契約、売買契約の仕組み、消費者被害が入っています。自立した消費者、責任ある消費行動が強調されています。
中学校ではより社会に向けた内容となり、社会科と家庭科のすみ分け、協力が課題になってくると思われます。
高等学校
公民科[公共]:従来の「現代社会」に代わり「公共」が新設され、「多様な契約及び消費者の権利と責任」が挙げられています。
家庭科[家庭基礎][家庭総合]:契約や消費者保護、消費者の責任が重視されています。
●学習指導要領解説の注目点(中学校社会科・高等学校公民科)
資源の有限性と希少性
中学校社会科「市場の働きと経済」の解説では「希少性」という言葉が登場し、「資源の有限性と希少性」が重視されています。資源は有限であり、ものやサービスの値段はこの「希少性」を反映しているものであるということ。希少性が高いものは値段が高くなり、希少性が低いものは値段も低くなるという「希少性」に着目した市場原理への理解が必要となります。
新設科目「公共」による公民としての資質・能力の育成
高等学校公民科の新科目、「公共」では成年年齢引下げについて記載されています。高校生にとって政治や社会はいっそう身近なものになるとともに、積極的に国家や社会に参画する環境が整いつつあるという前置きをしたうえで、「人間と社会の在り方についての見方・考え方を働かせ、平和で民主的な国家および社会の有為な形成者に必要な公民としての資質・能力を育成すること」を目標としています。
また、後半には「関係する専門家や関係諸機関などとの連携・協働を積極的に図り、社会との関わりを意識した主題を追究したり解決したりする活動の充実を図る」とあります。まさに専門機関である生命保険文化センターや日本損害保険協会などの人材や教材を、ぜひ積極的に授業に活用していただければと思います。
●学習指導要領解説の注目点(高等学校家庭科)
若年者の消費者被害の防止・救済
新学習指導要領には、成年年齢引下げに直結する話題が盛り込まれています。成年年齢引下げにより18歳から一人で契約ができるようになる一方、未成年者契約取消権がなくなることが配慮事項として挙げられています。
また、「持続可能な消費生活・環境」を新たに位置づけ、消費生活と環境をよりいっそう関連させるようにしたことも注目すべき点です。自分自身の生活と環境問題や社会問題を一体的に学習し、消費者市民社会の担い手として自覚をもち責任ある行動ができるようにすることを意図しています。
自分自身が被害にあわないために知識を得ることと、持続可能な社会を構築することは別々のことではなく、生活の中で自分ができることを行動に移すことが持続可能な社会につながっていること、それが消費者市民社会の実現だと生徒たちに意識してもらう工夫が必要になると思います。
生涯を見通した経済計画
新学習指導要領では、金融商品や保険について具体的に学びますが、前後の文章が重要なのでそれも含めて紹介します。
「リスク管理も踏まえた家計管理の基本について理解できるようにする。その際、生涯を見通した経済計画を立てるには、教育資金、住宅取得、老後の備えの他にも、事故や病気、失業などリスクへの対応が必要であることを取り上げ、それに関わる形で預貯金、民間保険、株式、債券、投資信託等の基本的な金融商品の特徴(メリット、デメリット)、資産形成の視点にも触れるようにする。」
つまり、金融商品や保険商品自体を知ることが目的ではないということです。自分の生涯を考えるにあたり、従来は三大支出の内容や計画の仕方など自己実現に関連したプラスの面が強調されていましたが、それだけでは不十分で、リスク管理にも力を入れることとしました。目標のために貯金をするだけでなく、リスクに備える保険や、お金を増やすための投資などを生活設計全体の中で有効に使えるように関心を持たせることが求められています。生涯を見通した経済計画の中で、三大支出やリスク管理と関連させながら保険や資産形成をどのように指導するかを考える必要があると思います。
Ⅴ 家庭科、社会・公民科における消費者教育
●家庭科の目標
中学校学習指導要領「技術・家庭」家庭分野
家庭科は「生活発」の教科です。学習指導要領にも「生活の営みに係る見方・考え方を働かせ、衣食住などに関する実践的・体験的な活動を通して、よりよい生活の実現に向けて、生活を工夫し創造する資質・能力を育成する」とあり、自分自身や家族の豊かな生活やよりよい生活を基点として、社会はどうあるべきか、そのために私は何ができるかを考えることになります。
家庭科の特徴として「衣食住」や「技能」があります。例えば調理実習では地産地消やエコクッキングなど、生活の技術と関わる指導が幅広く考えられ、他の教科にはない消費者教育の取扱いが可能になります。家庭科のよさを意識しながら消費者教育に取り組んでほしいと思います。
高等学校学習指導要領「家庭」
ポイントは中学校と変わりませんが、相違点は「生涯」という概念がはっきりと打ち出されたところです。さらに家族・家庭と社会とのつながりが強調され、地域に対しても、自分との関わりだけでなく、よりよい地域社会のために自分は何ができるか、どう参画するかという視点が必要になります。
全体として、よりよい生活のみならずよりよい社会を創るという視点になるため、公民科とのすみ分け・連携がより重要になってくると思われます。
●家庭科における消費者教育の特徴と実践のポイント
これまでの内容から、家庭科における消費者教育の特徴と実践のポイントまとめました。
◆家庭科における消費者教育の特徴
①よいよい生活を創り出すための消費者教育
②「自分ごと」から始める消費者教育
③家族や家庭、コミュニティに思いをはせる消費者教育
④生涯の消費者教育
⑤生活の技術・技能と結びついた消費者教育
◆家庭科における消費者教育実践のポイント
①消費生活・環境+衣食住領域での展開
②社会・公民科との連携とすみ分け
③アクティブ・ラーニングや疑似体験の積極的な導入
④優れた教材の活用・カスタマイズ
⑤専門家によるリアルな情報提供
●社会科・公民科の目標
中学校学習指導要領「社会」
「社会的な見方・考え方を働かせ、課題を追究したり解決したりする活動を通して、グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の形成者に必要な公民としての資質・能力の基礎を育成する」とあります。
さまざまな立場から物事を考える「多角的思考」や、「国民としての自覚」、世界を意識することなど社会科的なポイントが挙げられています。
「地域社会」は家庭科でも重要な概念ですが、家庭科は自分自身や家族の延長上に地域社会がある感覚です。一方、社会科は、国家や社会といった大きな枠組みの中で地域を理解することが重要です。
高等学校学習指導要領「公民」
中学校との違いは、「合意形成・社会参画」「議論する力」「人間としての在り方、生き方」といった視点が盛り込まれていることです。
多くの人たちで一つのよりよい社会をどのように創っていくかという「合意形成」の視点はとても大切ですし、そのために「議論する力」をうまく授業に取り入れていただきたいと思います。「人間としての在り方、生き方」は、まさに公民としての生き方について考えること、自分が暮らす地域や国をよくしたいという思いをもつことで、そのような心を育んでいくことが公民科の大きな目標になると思います。
●社会科・公民科における消費者教育の特徴と実践のポイント
これまでの内容から、家庭科における消費者教育の特徴と実践のポイントまとめました。
◆社会科・公民科における消費者教育の特徴
①よりよい社会を創り出すための消費者教育
②主権者教育としての消費者教育
③国際社会や世界の人々に思いをはせる消費者教育
④ルールの意味を考える消費者教育
⑤愛国心と結びついた消費者教育
家庭科と違うところは、社会全体の中で公民として何ができるかという視点です。③でも、国際社会全体を捉えたうえで遠い国の人々にも思いをはせるというところが家庭科との相違点です。④の「ルール」は法律を指しますが、ルールを守ることは消費者教育にとって非常に大事な視点になります。社会という単位で大勢の人が暮らすとき、みんなで決めたルールを守ることが、自治体や国といった単位で人がまとまるために大事なことだからです。⑤の「愛国心」は、「自分の属する地域や社会をよくしていきたいという気持ち」を指しています。
◆社会科・公民科における消費者教育実践のポイント
①新科目「公共」を中心とした展開
②家庭科との連携とすみ分け
③アクティブ・ラーニングや疑似体験の積極的な導入
④優れた教材の活用・カスタマイズ
⑤専門家や関連諸機関との連携
●アクティブ・ラーニングや疑似体験の積極的な導入
アクティブ・ラーニングについて少し補足します。アクティブ・ラーニングを実施する場合は、さまざまなテーマについて、教材やインターネット上の動画などを活用して調べ学習や疑似体験をさせたうえで、考えさせ、自分の意見をもたせて、意見を発表させ、民主的な合意形成につなげることが大切です。多数決だけでは少数者の大事なニーズが取りこぼされてしまうため、自分の意見を表明しつつ他の人とも共感し、どこに「落としどころ」があるのかを探るトレーニングをするのです。家庭科ではさらに、それを日々の行動に結びつけるような後押しをしていただきたいと思います。
●優れた教材の活用、専門家によるリアルな情報提供
最後に、授業で使える消費者教育の教材について紹介します。
消費者教育支援センターの優秀賞受賞教材
公益社団法人消費者教育支援センターでは毎年、優れた教材の表彰を行っています。下の写真は2022年度の優秀賞受賞教材です。インターネット上に公開されている膨大な数の教材の中から指導内容に適した使いやすいものを自力で探すのは至難の業ですが、消費者教育支援センターのサイトでは、優秀賞を受賞した教材の中から条件に合う教材を検索でき、ダウンロードできるようになっています。QRコードから動画にもアクセスできます。
公益社団法人消費者教育支援センター「受賞教材」
http://www.consumer-education.jp/activity/contest.html
消費者庁の消費者教育ポータルサイト
こちらのサイトからも教材の検索が行えます。また「取組事例を見る」では、企業や自治体などと連携した授業実践例を参照したり、使用教材をダウンロードしたりできます。PowerPointやWordなどで作成された教材の場合は、ご自身でカスタマイズすること、一部分だけを使用することも可能です。
消費者庁「消費者教育ポータルサイト」
https://www.kportal.caa.go.jp/
生命保険文化センター、日本損害保険協会の教材
生命保険文化センターの『君とみらいとライフプラン』、日本損害保険協会の『明るい未来へTRY! 〜リスクと備え〜』は、生徒たちにとってごく身近な例から消費者教育を学べる優れた教材です。
生命保険文化センター『君とみらいとライフプラン』
https://www.jili.or.jp/files/school/yokoku/student_workbook.2pdf
日本損害保険協会『明るい未来へTRY!〜リスクと備え〜』
https://www.sonpo.or.jp/report/publish/education/ctuevu000000mlwn-att/kyouzai.pdf
こうした教材を活用しながら、家庭科ならではの消費者教育、持続可能な未来を創る社会科・公民科の消費者教育に、さらなる関心をもっていただけると幸いです。